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レニーと海と手紙 1





「ミリオンへ


元気にしているか? 

同封している兄への手紙をよろしく頼む。


レニー」




 これだとちょっとそっけないな。

 もうちょっと説明を増やそう。




「ミリオンへ


元気にしているか? 

同封している兄への手紙をよろしく頼む。

こんな事になってしまって、きっと酷く心配していると思う。あまり泣いたりしていないといいんだけれど。ちゃんとご飯を食べてしっかり寝ているか?

ごめん、卒業のお祝いはできそうにない。

私のことはあまり気にしないで、元気でいるんだぞ。

ジルニトラくんには気にしないでくれと伝えておいてくれ。


レニー」




「これだとちょっと湿っぽいかな……」

 文面が暗いし、なんだかミリオンが四六時中ずっと私のことを心配しているように読み取れてしまう。

 もっと前向きにいこう。

 ジルニトラくんには別に手紙を書くことにして、書き直しだ。



「ミリオンへ


元気にしているか? 私は元気です。

こんな事になってしまって、きっと心配していると思う。

卒業おめでとう。私のことは気にしないで、元気で頑張るんだぞ。

同封している手紙を急いで兄へ送ってほしい。よろしく頼む。


レニー」



 よし、簡単な内容だけど言いたいことは書けた。


 風で飛ばないように空き瓶で紙を押さえ、窓の外を見ると変わらない青空が見えた。雲の感じからすると今日は夕立が来そうだ。雨漏りはまだ修理出来てない箇所があるし、バケツの準備は多めにしておかないと。

 工夫すればなんとかなる。


 さあ次は封筒作りだ。材料を探そう。







 それは私の退院を少し早めようという話が決定事項になった頃の話だった。

 最初はもっと早い退院予定だったんだ。それが立て続けにひどい熱を出したり、不測の事態で命脈の流れが不安定になったりが続いて延期になってしまった。

 退院は嬉しい。でも不安もいっぱいある。


 まず退院後の住まいだ。療養生活はまだ続くから兄の所で暮らすことになる。兄も了承してくれているし、準備もしてくれている。けれど……


「どうした」

 共用区画で兄さんからの手紙と、地図やら何やらいろんな書類を広げていていると、ジルニトラくんが通りがかって話を聞いてくれた。

「合流は冬を越さないと無理なのか」

「うん……やっぱり難しいらしい」

 そうなのだ。前回の冬に私は酷く体調を崩した。病棟の設備をミリオン達が調節してくれなければちょっと危なかった。

 私の入院している研究施設のある王立学院は冬になると厳しい寒さになる。この冬の寒さがよくないそうなので、また冬が来る前に移動してしまおうという話になった。

「予定が変わってしまったので、兄は間に合いそうにないんだ……」

 兄は虎さん達といろんな人から依頼を受ける仕事をしていて、ここしばらくは難しい仕事に取り掛かりきりになっているらしい。その仕事が一段落する時期に退院する予定だったのが、ここにきて早まってしまった。

 難しいだろうなと思いつつも事情を説明した手紙を送ると、兄からの返事にはお金と共に、『仕事が間に合いそうにないので、どこか暖かな土地で待っていてほしい』と書いてあった。


 それで一時的に療養できる場所を探してるんだと説明すると、ジルニトラくんは難しい顔でなにやら考え込み始めた。

「まだ暖かい時期なら長距離の移動に耐えられそうか?」

「う、うん。大丈夫だと思う」

 私が頷くと、彼は突然椅子から立ち上がりどこかへ向かう。

「あの人を探してくる。少し待っていてくれ」 


 すぐにいつもお世話になっている養護教員さんを連れて戻ってくると、彼は意外な提案をしてきた。

「ジルニトラくんの故郷の国に?」

「ああ。あそこは気候も穏やかで良くも悪くもあまり変化がない場所だから君の療養に向いていると思ったんだ」

 ジルニトラくんの目は真面目だ。

「えっと、滞在費とか移動はどれくらいかかるんだ?」

「住み込みで雑用……片付けや掃除を手伝う事になるのが滞在費代わりになる。移動は少し大変かもしれないが、この人の任期が終わってちょうど帰国するから、一緒に連れて行ってくれる」

 ジルニトラくんの言葉を受けて、隣で書類に目を通していた養護教員さんが私を見た。

「そうだな、うちの環境は君の療養に向いている」

 二人は同じ国出身だったんだ!

「以前の体質じゃ移動に耐えられなかっただろうが、今なら大丈夫だ。うちの奴の機甲科の任期が延びたから一人で帰るのは退屈だったところだ」

 彼女はそう言いながら机に広げ散らしていた書類から地図を引っ張り出して、海側のその端の、その先を示した。

「行き先はここになる」

 こんなに遠く……でもジルニトラくん達が来た所なら、悪い場所では無いのだろう。

「でも、いいんですか?」

 いつもお世話になっている二人が私を騙そうとするとは思えないけれど、そこまでしてくれるなんて。

「うちは人が好き好んで行くような所じゃないから、来客は喜ばれるんだ。それと」

 私が決めきれずにいると、ジルニトラくんは珍しく弱い口調で言葉を続けた。

「実は君と似た体質の生まれで外に出られない奴がいる。出来たらそいつの話し相手になってくれると助かる」

 私にも出来ることがあるのなら……。

「それなら、お願いします」

 


 話がまとまってからはあっという間だった。なにしろ冬が来るまでにやらなければならない事、準備する事が沢山ある。


 ミリオンは私の退院を喜んでくれて、それからジルニトラくんの国で療養する話を聞くと、なにやら養護教員さんと長話をしていた。

 それからも彼は時々会いに来てくれて、時には私の荷物の整理や片付けを手伝ってくれたりもしたが、以前より話す時間は少なくなっていた。

 彼も最高学年になって、勉学に加えて卒業試験の準備で忙しい。

 

 そうやってあっという間に時間が過ぎ、気がつくと退院当日だった。

 荷物をまとめて病室の片付けをしているとジルニトラくんがやってきて手伝ってくれた。


「ジルニトラくんの試験勉強はいいのか?」

「俺は実家の用事で何度か休学していたから卒業はまだ少し先なんだ」

「そうなのか」

 そういえば時々手紙だけでやり取りしていた時期があったっけ。

「あいつの卒業後の話は聞いてないのか?」

「うん。忙しいだろうからと遠慮しちゃって、聞きそびれたままなんだ」

 ミリオンの専攻の卒業生の多くはそのまま国の騎士団に入ったり、王立研究所に所属するらしい。あとは……どれも出世が約束された道だ。

 この入院中にけっこうな頻度で会っていたけど、これから先はミリオンと会う機会はあまり無いだろう。なんだか心がしわしわしてくるが、こればっかりはしょうがない事だ。


「君はここの学院に入学しないのか? 途中編入なら出来なくはないだろう」

「一度は考えたんだけど、ここの冬は寒いし、私の条件じゃ奨学金も出ないし、他を考えることにしたんだ」

「そうか。俺が進学先を探した時に集めた資料が故郷にあるだろうから、あちらの誰かに聞いてみてくれ。きっと役にたつ」

「わかった。なんだか沢山助けてもらっちゃってるな」

「友人の手助けはするものだろ」




「本当に色々とありがとう、ジルニトラくん」

 すべてを片付け、準備も終わり、病室の出口で手を差し出すとジルニトラくんはゆっくりと握り返してくれた。

「退院おめでとう、レニー」

 あんまり表情が動かない人だけど、もう見慣れたもので彼なりに微笑んでくれているがわかるので、私も微笑み返す。

「道中気をつけて」

「うん。竜くんにもよろしく言っておいてくれ」

「ああ。あいつは俺個人の竜だから、また会える」

「そうか。次に会う時はもっと大きくなっているんだろうな」


 みんなそれぞれで頑張っているんだ。私もしっかりやっていこう!



 授業があるジルニトラくんと別れ、手続きを終えて、病棟の人達に一通り挨拶をしてから学院の門へ向かう。


 もう杖を使わなくていいし、ふらつくこともない。空の色も木の葉の色もわかるし、熱っぽくもない。それに天気も良い。


 荷物は入院時に持ってきたカバンと、もう一つぶんだけになった。

 かなり整理して、あちこちに寄付や寄贈して、本当に大事なものだけを残した。


 養護教員さんとの待ち合わせしている門の脇に到着すると、ミリオンが立っていた。


 微笑んで……いるんだろうかあれは。


「ミリオン、どうしたんだ?」

 かなり忙しいだろうに来てくれたのか。

「養護教員さんに渡したい書類があるから」

 見ると確かに片手に何かの紙束を持っている。


「それに、レニーを見送りに来たんだ。退院おめでとう」

 そう言うと後ろ手に隠していたもう片方の手で小さな花束を差し出してきた。

「……! すごく綺麗だ」

 私の好きな花ばかりだ。

「ミリオンには入院中すごくすごく助けられたのに、お花まで。本当にありがとう」

 ちょっと涙が出そうになったけど、我慢、我慢。

「助けられたのは俺も同じだよ。本当はもっと大きな花束にしたかったんだけど、旅の邪魔になると思って。その帽子、似合ってる」

「ありがとう。荷物のわりに重装備なんだ。海が近いから風よけが必要らしくて」

 海風があるから分厚いコートとスカーフに、帽子も。


「しっかり療養してくるから」

「戻ってきたらジネヴァさんの所だよね。住所がわかったら知らせてね」

「ああ。ミリオンは卒業試験を頑張るんだぞ、体調崩さないようにな」

「うん。無事卒業したらお祝いしてほしい」

「もちろん」

 本当は卒業時期に退院予定だったから少し楽しみだったんだ。

 礼服を着たミリオン、見てみたかったな。


「手紙を書くよ。ジルの家がある場所なんだから、届ける方法を聞き出しておく」

「私も書くよ」

 ミリオンは穏やかに笑っている。笑っているけれど、なにか迷っているみたいだ。


 少し肌寒くなった風が吹き、思わず身を震わせると両手を取られた。

「正直、すごく寂しい」

「しばらく前のように戻るだけじゃないか」

 私達はただの幼なじみで、同級生ですらない。この先もお互いあまり関わりのない場所で暮らしていくことになるのだろう。


「俺は毎日のように会いたいよ。でも、ここの冬の空気はレニーと相性が良くないのもわかるんだ」

 ミリオンの手は温かい。

「大丈夫だ。ミリオンならきっと何だってやりとげられる。いつだって私はお前の味方だ」

 何があっても、どこにいてもそうなんだからな。

「だから、あんまり泣くな」

 もう私が心配かけることもなくなるんだから。沢山笑って、めいっぱい幸せに生きるんだぞ。

「わかったよレニー」

 もう子供じゃないと笑われるかと思ったのに、ミリオンは泣きそうになっていたのをこらえて、真面目な顔でそう言った。

「俺だって、いつもレニーのこと応援してるから。向こうでも気をつけてね」


 養護教員さんが門に現れて、繋いでいた手が離れる。


「戻ってきたら必ず会いにいくから。いってらっしゃい、レニー」

「ありがとう、ミリオン。いってきます」







 療養生活は順調で、毎日とても穏やかだった。ジルニトラくんの故郷は小さくて静かな国で、ちょっと変わっているけれど楽しい場所で、彼の格好と同じようにあちこち黒色だった。

 養護教員さんはすぐに別の仕事でいなくなってしまったけれど、住んでいる人たちは良い人ばかりで皆優しかった。

 おかげで心身共にどんどん元気になっていった。ごはんだって食べられる量が二倍になった。




 そして今現在、私は強い日差しを浴びながら海藻拾いをしている。


 絶賛孤島暮らしというやつだ。


 冬の気配はどこにもない。


 青い空に透き通った海、輝く白い波、目を離すと好き勝手に生い茂る植物。沖には私達を常に監視している武装した船。


 手紙は無事に出せたけれど、届かないかもしれないし、何もかも終わった後に読まれるかもしれない。


 届くといいなあ。

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