第13話:道化を演じる。
夏休みも後半に差し掛かる頃、溜池は幼馴染みの友人2人と一緒に渋谷へ遊びに行く事に。
8月も中盤に差し掛かり、夏の強い日差しが一層照りつける中、先日約束をしていた友人2人と都内へ遊びに行く日が来た。
当日は、JR橋本駅の改札前で待ち合わせとしていた。
???:
「ごめーん、準備に手間取って遅れちゃったぁ!」
俺は、約束していた集合時間の10分前に到着し、掛川は7分前、そして成瀬が集合時間ギリギリにやって来た。
溜池の心の声:
「うわ…アイツ、完全に勝負服で来てんじゃん。 髪型もメイクも何処かのファッション雑誌で見てきたのか、ガッツリ本気モードだな…。」
本日の各々の格好を説明すると、俺は上が黒のドクロマーク入りTシャツ、下はデニム、靴は二本の青いラインが入った白のスニーカーという軽装。掛川は、上が白のTシャツの上に薄い水色の上着、下はデニム、靴は赤色のスニーカー、肩掛け用のスポーツバッグというカジュアルスタイル。 成瀬は、両肩が出てるキャミソールに黒のスカート、ヒールの靴という露出多め。
成瀬:
「2人共、久しぶり! 駿弥は、相変わらずだね。 典宏は…、少し大人びた感じ?」
溜池:
「そりゃどうも。 そういや、ノリ。部活の方は大丈夫か? バスケの強豪校なら、休みの間でも練習があるんじゃないか?」
掛川:
「あぁ、それなら大丈夫。 今日と明日の2日間は、顧問の諸事情で部活が休みなんだ。 それに、さすがに夏休み中ずっと休み無しで練習してる訳じゃないよ。まぁ、こういう息抜きをするのも大事じゃない。」
成瀬:
「そうそう、息抜き大事。さっ、2人共行こっ!」
成瀬がそう言って歩き出したが、俺の目の前を横切る際に小声で、
成瀬:
「駿弥、今日アンタを呼び出した理由はモ・チ・ロ・ン、解ってるよね?」
全くもって女子らしくないドスの効いた低声で、成瀬が半ば脅迫まがいな事を言ってきた。
溜池:
「あーハイハイ、解ってますよ。」
成瀬:
「頼むわよ、今日はしっかり私をサポートしなさい!」
やはり、事前に思っていた通りだった。
今日、俺がこの場に呼ばれたのは二人をくっつける為のいわゆる御膳立て役だったのだ。 こうなるともう非常に面倒臭いし、いたって不本意極まりない。別にこの場で気分を害したとか適当に言って帰る事も出来るが、それだと何とも後味が悪い。 逆に、積極的に2人の間に割って入るのは、結果的に成瀬にとって甚だ迷惑だろうから、絶妙な距離感で2人と接しなければならない。 つまり、俺にとって全くもってオイしくない状況なのである。
掛川:
「? 2人共、早く行こうよ。」
成瀬・溜池:
「「え? あっ、あぁ…そうだな(ね)。」」
橋本駅から京王線に乗り、明大前まで行き、京王井の頭線に乗り換え、渋谷に到着した。
『今日も』だが、渋谷駅前広場には人がウジャウジャいた。 その場にいるだけで暑苦しく感じる。
事前に車内にて、渋谷到着後の行き先について話し合った結果、取り敢えずバスケット通り[旧:渋谷センター街]を散策してから、時間があれば表参道や原宿あたりへ脚を伸ばす感じとなった。
しかし、非常に蒸し暑い真夏日に沢山の人々が行き交っている中を歩き回るのは、さすがに限度がある。 案の定、成瀬からファミレスで喉を潤したいという提案が飛び出し、それに俺と掛川も賛同。 そして今に至る。
[ファミレス 店内]
成瀬:
「はぁ…、興味翻意だけで渋谷に来るんじゃなかった。こんなにも疲れるなんて、本当ありえない。」
溜池:
「誘った張本人様がそんな事言うなよ。大体な、お前がロクに下調べもせず、どうせ109とかN○K位しか知らねえ癖に『とにかく、渋谷へ行きたい!』とか、 ちゃんとよく考えてから発言してみろよ。」
成瀬:
「う…、うるさいわね! 悪かったわよ、私が悪うございました! ていうか、駿弥の分際で私へ偉そうな口を叩かないでくれる?」
溜池:
「あ? 何ィ!?」
掛川:
「ま、まぁまぁ、二人共落ち着いてさ。 せっかく普段来れない所へ来たんだからさ、雰囲気ぐらい楽しんで帰ろうよ。」
不毛な喧嘩に仲裁してくれた掛川に感謝。
それからは、事前に組んでいた計画を変更し、渋谷周辺を各々散策し、時に買い物をしながら
過ごした。気づくと、夕闇が迫っている時間まで都会の喧騒を楽しんでいた。
成瀬:
「そろそろ帰らないとヤバいじゃん‼︎ 駿弥、典宏、帰るよ!」
溜池:
「へぇへぇ、仰せのままに。」
掛川:
「駿ちゃん、会ってない間で随分性格が変わったよね。」
せっかく、嫌味ったらしく成瀬へボヤいたのに、ノリの嫌味度0%の無垢なスマイル付きの発言が嫌味成分を掻き消した。
成瀬:
「ねぇ、典宏? 」
掛川:
「ん、何?」
成瀬:
あの、さ。向こうに着いたら、ね。」
溜池:
「なぁ、ノリ? 向こうに着いたら、俺ん家に来ない? 確か明日も、部活が休みだったよな? 今夜、泊まってけよ。 久し振りに、格ゲーやろうぜ。」
成瀬:
「ちょっ、ちょっとアンタ‼︎ 今、私が話してるんだから邪魔しないで!」
溜池:
「うるせぇな、先に言ったもん勝ちだろ。 なぁ、ノリ?」
掛川:
「えっ? うーん、そうかなぁ。」
成瀬:
「ちょっ…ちょっと!! 駿弥、こっち来て。」
溜池:
「何だよ。イッ、イタタ! 痛い!」
成瀬が、俺を強引に腕を引っ張ってきた。
成瀬:
「(小声で)ちょっと! 今日は、私がノリと良い感じになるよう協力するって、アンタ言ったよね⁉︎」
溜池:
「え? ああ、確かに言ったような。」
成瀬:
「じゃあ何、さっきの言動は? 今日一日、私のサポートを全くしてくれないじゃん! それどころか、私の邪魔ばっかりして!」
溜池:
「なんか途中で気が変わったんだ。 いいじゃん別に、その場が楽しければ。」
成瀬:
「はぁ⁉︎ 何それ、意味分かんない。 ていうか、マジで邪魔しないでくれる? アンタ、前からこんな無能な奴だっけ?」
溜池:
「さぁ、どうだか。 つか、ほら。さっきからノリが待ってるから行くぞ。」
成瀬:
「…。」
溜池:
「おい、成瀬。」
成瀬:
「…解った。もうアンタなんか必要ない。 クズ野郎! 今後、二度と私とノリに関わらないで。」
溜池:
「えっ!?ちょっ!」
成瀬がきびすを返して、掛川の所へ歩いて行く。
成瀬:
「行こう、ノリ。アイツ、一人になりたいだってさ。」
掛川:
「えっ!何、いきなり…。どうしたの。駿ちゃん?」
成瀬:
「ほら、早くこっち!あんな奴ほっといて帰るよ。」
溜池:
「…。」
成瀬は抑えた声で冷淡に言い放つと、俺がついて来ない事を訝しむノリの手を強引に引っ張って渋谷駅へ歩いて去っていった。 俺は、携帯を開いてメールを作成し、去り行く彼等を一瞥してから送信した。
溜池:
(ノリ、すまんな。 ちゃんとアイツを家まで連れて帰ってくれ、頼んだぞ。)
本当は、分かっていた。けれど、あえてすっとぼけた。
やがて襲ってくる自己嫌悪と後悔の念に押しつぶされそうになりながら、
彼らとは別のルートで帰宅した。