第12話:夏、始まる。
実家へ帰省した溜池。
久しぶりの我が家での食事に満足した翌日、溜池の元へ一通のメールが届く。
眠りから覚めると、時刻は夜の9時を回っていた。 腹の空き具合もどうやら限界らしく、1階へ降りて、リビングにて母が再度温めてくれたカレーを食べた。 久しぶりの家庭の味に飢えていたのか、スプーンを持つ右手が速く動いていた。
溜池母:
「あらあら。 そんなに美味しかったのね、私の特製カレー。 お母さん、嬉しいなぁ。」
溜池妹:
「そんなにがっつかなくても、ママならいつでも作ってくれますよ?」
結果、カレーを2杯もたいらげて、ようやく満腹になった。
溜池:
「ごちそうさまでした。」
自ら後片付けをし、その後母と妹との三人で久しぶりの会話をした。
溜池:
「こっちは、見た感じあんま変わってない?」
溜池母:
「そうねぇ…、あっ、そうそう! 最近ね、近所に美味しいケーキ屋さんが出来たの! よく、涼ちゃんと2人で行くのよ。 あそこのショートケーキとシュークリームは、ビックリするぐらい美味しいんだから。」
溜池妹:
「値段の方も、駅前にある古いパーラーより安いんです。 あのお店、本当にグッジョブですよ!」
珍しく妹が興奮しながら力説する程、どうやら良い店が近所に出来たらしい。
溜池母:
「そういや、駿ちゃんが住んでる近くにもう少しで完成する建物って…何だっけ?」
溜池:
「もしかして、東京スカイタワー?」
溜池母:
「そう! それそれぇっ! あれって、ただの展望台なの?」
溜池妹:
「違いますよ、ママ。 あれは、地デジ化移行の為に東京ツリービルから東京スカイタワーに変更するんです。」
溜池母:
「あらぁ、そうなの? お母さん、すっかり勘違いしちゃってたのね。」
溜池:
「まぁ、あれが出来たからってウチがどうこうなるって事は多分無いだろうけど、 多少なりあの界隈が賑わうんじゃない?」
溜池妹:
「ところで、学校の方には馴れましたか?」
溜池母:
「あっ、そうそう! お母さん、それが一番聞きたかったのよ! お友達出来た? ちゃんとお勉強してる?」
溜池:
「うーん…まぁ、今のところは大丈夫かな。」
溜池母:
「そう、良かったわ。 お母さん、駿ちゃんの事を信じてるけど、傍に居ないと母親としてやっぱり心配してしまうのよね。」
溜池:
「母さん、心配掛けてすまない。 けど、親元から離れて初めて一人になって解った事が結構あるからさ。それはそれで楽しいよ。」
溜池母:
「…うん。 今の駿ちゃん、昔のパパの雰囲気と似ててカッコいいよ。 逞しくなったね。」
溜池妹:
「ママ…、べた褒めしすぎです。」
翌日。 帰省中、特にやる事を決めてなかった俺は、自宅で学校から出された夏休み中の課題を早速取り組む事にした。
溜池:
「さてと、始めますか…って、うん?」
机の上に置いてあった携帯が鳴りだした。
溜池の心の声:
「一体、誰からだろう?」
携帯を手にとって確認してみる。
溜池:
「ん…えっ、成瀬!?」
地元を離れてから連絡もしていなかった、幼なじみからのメールだった。
成瀬:
『ヤッホー、駿弥! 昨日帰ってきたんだって? おばさんから聞いたよ? 帰ってくるなら、私に連絡の一本でもしなさいよぉ! でさ、8月はいつ空いてる? もし暇だったら、典宏と駿弥とあたし3人で東京に遊びに行かない? 返信待ってるよー!』
成瀬 麻美は、俺と同学年の15歳(12月生まれ)。 身長158cm。
あいつとは、小学校の頃からの知り合いである。 その頃からかなりお転婆で、小学校の時には女子と遊ぶより男子と遊んでいた。 今も変わらず、バカみたいに明るい性格。 今は、地元相模原の高校に通っている。
彼女からのメールに書かれていた人物である掛川 典宏は、俺の友人である。 16歳(7月生まれ)。 身長は、俺より大きい181cm。 性格は成瀬や籠原程明るくは無いが、心優しく笑顔が似合う男。 中学時代の彼は高身長を武器に、バスケットボールの腕前をメキメキと上達し、しまいには中学2年修了時点で全国のバスケットボールの強豪校から次々に勧誘される程に。現在は、横浜市内にあるバスケの強豪校に通っている。
俺、成瀬、掛川の3人の共通点は、小学校入学から中学卒業までずっと同じクラスだった事ぐらいだが、いくら席替えしても3人共に席が離れ離れになる事は一度たりとも無かったという稀有な関係。 それ故、互いに仲良くなるのもそう時間が掛からなかった。
成瀬は俺の事を[駿弥]、掛川の事を[典宏]と呼ぶ。 俺は成瀬を[成瀬]、掛川を名前の典宏から[ノリ]と呼ぶ。 掛川は成瀬を[成さん]、俺を[駿ちゃん]とそれぞれ呼んでいる。
だが、高校進学時にそれぞれの道へ進む為に別々になり、それからというものの連絡もそれぞれ取らなかった為、2人と疎遠になっていた。
溜池の心の声:
「何故、俺へメールしてきたんだ? ノリは、部活で忙しいだろうし。第一、アイツがメールするなら俺よりノリの方に普通するはずなのにな。」
取り敢えず、空いてる日にちをメール文面に書き込んで送信した。
溜池の心の声:
「勝手な予想だが、アイツはノリと親密になりたいけど、いきなり二人きりだと何かと心細いから俺を入れて三人で出かけようとしているんだろうな。」
成瀬は、中学時代から掛川の事が好きなのだ。 だが、もし告白に失敗してしまったら今までの関係が崩れて、二度と元に戻らないと思っている為に、未だ告白せずにいるのだろう。
溜池の心の声:
「恐らく今告白したとしても、アイツはバスケに集中したいから、難しいだろうに。」
掛川という男を一言で表すと、[優]だろう。 学問・スポーツ共に優秀、高身長で何より人に優しい、オス的魅力が非常に優れたスーパーマン。 ここまで揃うと、他の女子が放っておく筈がない。
溜池の心の声:
「そんな奴に、俺が叶う訳がない。 逆立ちしようが、ひたすら悪あがきしようとも。 本当、人生って残酷なもんだよな…。」
普通、自分の近くに異性が長期間いる程、それが当たり前の関係となって、そこからの発展は非常に難しくなる。 けど、何故だろうか。 その法則が、俺自身の目の前で脆くも崩れ掛けようとしている。
溜池の心の声:
「アイツらとは【ただの幼なじみ】なんだ。 それなのに、このモヤっとして言い表せないこの感じは?」
一人で考えていても堂々巡りするだけなので、取り敢えず俺は課題を再び取り組み始めた。