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ねこのまおう  作者: 松宮かさね
8/9

ゆめのれすとらん

 夕食時のレストランは、平日にも関わらずそこそこ混みあっています。


 目の前に並んだ料理たちを見つめて、魔王の目はキラキラと光りました。


 ミートソースのスパゲティ、チーズハンバーグ、サイコロステーキ、コーンポタージュスープ、カツカレー、ミックスフライ、お子さまランチ、焼きサバ定食、サバの味噌煮定食、チョコレートパフェ、パンケーキ、オレンジジュース、コーラ、ホットミルク……。


「ワシはしあわせにゃ!」


「それはようございました」


 テーブルの向かいに座るカラスは紅茶のみです。頼みすぎた魔王の残した料理が、まわってくるに違いないからです。


 気の毒なカラスは思います。

 残飯処理とは、人間界の町のカラスと変わらないではないか……先の大戦では知将と呼ばれた自分がこんな……。


 部下のそんな切ない気持ちなど知るよしもない魔王は、カラスが切り分けたチーズハンバーグに、フォークをぶすりと刺しました。

 喜びに満ちた表情で、大きく開けた口に運んで……。


「ぎゃっ! あついにゃあーーー!」


 舌にやけどをしたようです。


 カラスがあわてて言いました。


「ですから、鉄板が熱くなっておりますからお気をつけくださいと、先ほどの人間の給仕も申しておりましたように……」


「おそいにゃ! カラスはやくたたずにゃ! さかさづりのけいにゃ!」


 魔王は、氷入りのオレンジジュースをちゅーちゅー吸いながら怒りました。


「申し訳ございません。では熱いものはあとまわしにして、まずはこのチョコレートパフェを口にされてみてはいかがでしょう?」


 そこで、魔王はパフェをスプーンで一口すくって食べてみました。

 その顔がパッと輝きました。


「にゃんと! ぱふぇとはすごいものだにゃ。あまくてつめたくて、おくちがしあわせにゃ」


 そして一気にたいらげると、次にパンケーキに手を伸ばしました。

 とろけたバターとメープルシロップのたっぷり染み込んだ生地に、バニラアイスをからめてぱくり。


「にゃあ! じゅわっとしみてるにゃ。あまあまにゃ。とけちゃいそうにゃ」


 他の料理もどんどん食べてゆきました。


「これうまいにゃ! こっちもうまいにゃ!」


 エビフライはさくさくと口の中で香ばしく、歯応えのあるステーキは噛むたびにうまみがじわっとあふれます。


 つけあわせのインゲンやニンジン、キャベツの千切りにトマトなどは、ありがたくもカラスに下賜されました。


 魔王は、さんざん食べ散らかしたあとで、残り物の入った皿たちを、カラスのほうに押しやりました。


「もうくえないにゃ。やるにゃ」


「ありがたきしあわせにございます……」


 カラスはそう言うしかありませんでした。


 夜も更けてきて、店内の客席も空席が目立つようになってきました。


「メロンソーダとカルピスをまぜるとうまいのにゃ。ワシがはっけんしたのにゃ」


 魔王がゆったりとドリンクバーを楽しむ横で、カラスは残り物のお子さまランチのチキンライスやサラダをつついていました。


「つぎは、オレンジジュースとこうちゃをまぜてみるにゃ。ワシはちゃれんじゃーなのにゃ」


 一口飲んでみて、首をかしげました。


「わるくないにゃ。でも、よくもないにゃ……」


 飲み物も一通り楽しんだので、魔王は満足したようです。急に立ち上がりました。


「いくにゃ」


 そう言うと、とっとと出口に向かいました。

 もちろん、まだ食べているカラスのことなどお構いなしです。


 青年は慌てて伝票をひっつかむと、魔王のあとを追いました。


 カラスがレジで会計をするのを顧みることなく、魔王はずんずんと歩いて行きます。


 幼女がひとりで店の外に出たのを見て、店員がやさしく声をかけました。


「ちょっと待って。ひとりで出て行ったら迷子になっちゃうよ? お父さんを待っててあげてね」


 魔王はくるりと振り返りました。


「おとうさんとはなんにゃ! あれはげぼくにゃ!」


 自分たちがどう見えているかなんて、気にするはずもありません。

 傲岸不遜にて無知蒙昧。それでこそ魔王です。


 ぽかんとする店員を尻目に、カラスは魔王を追って逃げるように去っていきました。

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