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第三章 ラドナ、騎手になる

よろしくお願いします。

第三章 ラドナ、騎手になる


 ラドナは、取り敢えず今は帽子の言うことを聞くしかないと思った。しかし、手水場を出ようとしたところで、帽子に声を掛けられた。

「おい、ちょっと待て。その服装では馬には乗らせては貰えないぜ」

 帽子がそう言うと、ラドナの服装は瞬く間に騎手の着る騎乗着へと変化した。白が基調の簡易なデザインは、この街の競馬で着られる騎乗着のものだ。

「そして俺もこの通り」

 いつの間にか、ラドナの頭にかぶっていた麦わら帽子は騎手のかぶる騎乗帽へと変化していた。これで、どこから見てもラドナは騎手であった。

「さあ、乗りに行くぞ」

「でも、待って。私、免許がないよ?」

 ラドナが言う通り、競馬に乗るには騎手学校に行って免許を取らなければいけないのだ。しかし、これにも帽子は気味悪く笑った。

「免許か? ほらよ」

 ラドナが鏡を見ると、帽子は紙切れをその口から出していた。長い舌の上で紙切れがひらひらしていた。ラドナはぎょっとした。

「べたべたしない?」

「しねえよ。早く手に取れ」

 ラドナは紙切れを手に取った。成る程。確かにそれには騎乗資格が記されていた。

「三十里離れた街のものだ。ばれることはねえよ。さあ、行くぞ。準備は出来たろう?」

「でも、これ名前が間違ってるよ? マールになってる。私はラドナだもん」

「どこまで馬鹿なんだ。この小娘は。本名で出たら怪しまれるだろうが、お前の知り合いも来ているだろう?」

 確かに帽子の言う通りである。街には父の知り合いも多いし、何より牧場の皆が気付けば大変なことになるかもしれない。

 ラドナは免許を持ち、手水場の外に出た。相変わらず多くの人がいた。そして、辺りを見渡すとある一角が何か騒がしかった。人混みが出来ていた。

「行ってみようぜ」

帽子に促され、ラドナはそこに近寄って行った。

「大変だ。どうしてこんな時に」

 人混みの中心では、中年の小太りの男性が頭を抱えていた。その前では騎手が一人担架に乗せられているところだった。周りの反応を見てみるに、騎手が突然倒れたらしい。

「もう競争が始まるというのに。大事な新馬戦の前に何ということだ。今から違う騎手など間に合うはずもない」

 中年男性はどうやら馬主さんの様だった。自分の馬に騎乗する筈の騎手が突然倒れ、途方に暮れている様子だった。

「困っているじゃねえか」

 帽子がラドナの上で囁く。

「助けてやれよ」

 確かに今のラドナならばれずに騎手として競争に出走することが出来るだろう。しかし、本当に大丈夫だろうか? ラドナには競馬騎乗の経験など当然無い。良い騎乗など望めないだろうし、ラドナ自身危ないかもしれない。ラドナは内心怖気ていた。

 しかし、ラドナの意志はこの時関係なかった。馬主さんの方がラドナに気付いてしまったのだ。

「君は騎手じゃないのかね?」

 馬主さんはそう言ってラドナの方に歩み寄って来た。

「そ、そうですけど」

 驚きのあまり、ラドナは咄嗟に嘘を吐いてしまった。しかし、そんなことを知らない馬主さんは安堵の表情をその顔に浮かべていた。

「見掛けない顔だが、名前は何というのかね?」

「あのラド……」

 つい本名を言い掛けたが、ラドナは辛うじて踏み止まった。そして落ち着く様にと、軽く一呼吸を置いた。

「マールです」

 ラドナはその偽名を名乗り、馬主さんに手に持っていた免許の紙切れを渡した。馬主さんはそれに一通り目を通していた。

「確かに騎手で間違いないようだ。マール。君に頼みがあるんだ。私の馬に乗ってはくれないだろうか? 我が牧場の期待の新馬なんだ。来春の王覧競馬を勝つのはこの馬だ」

 ラドナは王覧競馬を勝つのはリックスだと言いたかったが、ここは堪えた。

 そして、悩んだ。果たして乗って大丈夫なのだろうか?

「乗ります。任せて下さい」

 それは確かにラドナの声だった。いつも聞いている自分の声だ。当然分かる。しかし、ラドナは何も言っていなかった。犯人は帽子だった。帽子がラドナの声色を真似て、勝手に返事をしたのだった。

「本当かい? 助かるよ」

 馬主さんは大喜びだった。上からは微かにけらけらと帽子の笑いが聞こえてきていた。ラドナはもう後には引けなくなっていた。


 ラドナの騎乗する競争は直ぐに始まった。ラドナは急ぎ早に馬に乗せられ、今まさに馬に跨り発走場で他の馬や騎手達と発送の時を待っていた。

 ラドナの乗る馬の名前はピートといった。馬主さんの息子さんの名前らしい。大きな期待をされていることが伺える。

「責任重大だな」

 帽子は相変わらず気味悪く笑っていた。

「帽子さんて無責任だよね」

 ラドナは内心、帽子に対して怒っていた。帽子はそれを悟ってか、更にけらけらと笑った。

「そう怒るな。もし落ちそうとか、危ないことがあったら助けてやるよ」

「本当に?」

「ああ、ただそれ以外は助けないからな。順位を上げて貰えるなどとは思うなよ」

「それは分かってるよ。寧ろ、邪魔しないでね」

 ラドナは魔法でずるをすることなど微塵も考えていなかった。ラドナは素直な娘ではあるが、父譲りの負けん気の強さも持ち合わせていた。

「いい覚悟だな。危なかったら助けてやる。だから、思い切って乗れよ」

「分かったよ」

 次の瞬間、開始を知らせる拳銃の音と共に、馬達が一斉に飛び出して行ったのである。


ありがとうございました。

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