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第二章 不思議な帽子

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第二章 不思議な帽子


 リックスが入厩して、半年が経った。季節は秋が深まり、目に入る景色は一面が鮮やかな橙色に染まっていた。

 その頃から、牧場はリックスの話で持ち切りになっていた。リックスは新馬戦を勝つと、条件戦も上級戦も軽く突破し、遂には最上級戦への挑戦権をも得ていたのである。

 牧場の人々は沸きに沸いていた。ラドナも一緒になって喜んだ。

 しかし、一番喜んでいたのは、牧場主さんだろう。

「もしリックスが来春の王覧競馬を勝てば、リックスは王の所有馬として迎えられる。生産者としてこれ程の名誉は無い」

 王覧競馬を勝った馬は王の所有馬となり、その生産者には、莫大な金銭と大いなる名誉が授けられることになっていた。リックスは既にそれを期待されるだけの馬になっていた。

 ラドナは素直に嬉しかったが、同時に羨ましくもあった。リックスに乗る騎手が父であったならばどれほど良かったか。牧場主さんは父と仲が良かった。もし父が生きていれば、乗っていたのは間違いなく父であったろう。

 父が死んだ時、牧場主さんは言っていた。最高の友を亡くしたと。

 ラドナは中々成長しない自分を歯痒く思った。もう少し生まれるのが早ければ、自分でリックスに乗り、父の想いを遂げることが出来たかもしれない。その想いはどんどん強くなり、心に募った。

そんなある日、牧場の皆でリックスの走る競争を見に行くことになった。ラドナも勿論参加することにした。しかし、その日の朝、少し困ったことになった。

ラドナにはお気に入りの青いリボンの麦わら帽子があった。これも父が買ってくれた物だった。街にお出掛けする時は、いつもそれをかぶっておめかしをしていた。

しかし、今朝はその帽子が見当たらない。いつも帽子掛けの同じ場所にあったのに。ラドナは必死になって探したが、家のどこにも見つからなかった。

 他にある帽子といえば。ラドナは帽子掛けの一番上に掛った帽子を見た。あの高貴な紳士がくれたシルクハットだ。結局、一度もかぶること無く、帽子掛けに在り続けていた。というのも、可愛らしいラドナがかぶるにはあまりに不釣り合いで、何より大き過ぎた。

「ラドナ。皆さん、迎えに来てくれているわよ」

 母の言葉を聞き、ラドナは途方に暮れた。一体、あの麦わら帽子はどこに行ってしまったのか? 

 そんな事をラドナが考え、ただ一瞬、その帽子から意識を逸らした間に不思議な事が起きた。

「どうしたのかしら? これ……」

 帽子掛けの一番上。ついさっきまでシルクハットがあった場所に、とても綺麗な麦わら帽子が掛かっていたのだ。ラドナは驚いたが、その美しさに惹かれ、その麦わら帽子を手に取った。

「とっても綺麗」

 その帽子の編み目は、只ならぬ気品に満ちており、巻かれた大きな真紅のリボンはラドナも見惚れてしまう程の美しさと可愛らしさを感じさせた。

「ラドナ。早くしなさい」

 そう急かす母の声に、ラドナはその帽子をかぶって行くことにした。いや、かぶりたかったのだ。そう思わせるだけの魅力がその帽子にはあった。

「行ってきます」

 ラドナは家を飛び出した。牧場の皆が家の前に馬車で待ってくれていた。ラドナが馬車に乗り込むと、馬車は勢い良く街に向けて走り出した。

 街に着くと直ぐに競馬場へと向かった。リックスが出走する競争まではまだ時間があった。

 ラドナは競馬場を見て回ることにした。競馬場には色んな人がいた。馬主さんに調教師さん、それに馬券を買い博打に興じる人達。しかし、やはりラドナの興味は騎手に向いていた。騎手たちは競争の中で馬の上で躍動していた。その姿が、ラドナの目には美しく踊っているように映った。ラドナは自分も騎手になりたい。馬に乗りたいと、この時強く思っていた。

「乗らせてやろうか?」

 突然、そう声がした。声はラドナの頭の上から聞こえた様だった。ラドナは驚いて後ろを振り返ったが、誰もラドナなど歯牙にもかけている様子ではなかった。皆、競争に夢中になっている。

「誰?」

 ラドナは周囲を見渡したが、やはりラドナを気にしている人など見当たらなかった。

「だから。乗せてやろうか?」

 しかし、再びその声は聞こえた。野太く低い男の声だった。ラドナは怖くなった。急ぎ足にその場を離れ、淑女の手水場へと駆けこんだ。

「何だったんだろう」

 ラドナはそう呟き、溜息を吐いたが、それをあざ笑うような笑い声が手水場に響いた。

「けけけけけ。俺だよ。俺。分からないかな?」

 謎の声はいっそう大きく響いていた。しかし、ラドナには声の主を見つけることが出来なかった。すると、声の主が言った。

「察しの悪い小娘だな。そうだ。鏡を見てみろ。面白いものが映るぞ」

 そう言われ、ラドナは手水場の鏡を見た。すると、そこには我が目を疑うものが映っていた。声の主はラドナのかぶっていた麦わら帽子だったのだ。麦わら帽子の、丁度ラドナの額の辺りに大きな口が開き、上下の大きな白い歯と桃色の歯茎がそこから覗いていた。ラドナが気付いたことが分かってか、見せびらかすように長い舌を出し、それを上下左右に動かしていた。

「気持ち悪い」

 ラドナの心の底から出た、素直な感想であった。しかし、その反応は当の帽子にとっては気に入らないものだったらしい。

「何だと? せっかく俺が、お前の望みを叶えてやろうって言っているのに、気持ち悪いとは酷い話だ」

 帽子は少しへそを曲げた様な口調でそう言った。ぎりぎりと上下の歯を噛み合わせ、歯軋りを噛んでいた。それは、この世のものとは思えない程の嫌な音だった。

「やめてよ。うるさいよ」

「じゃあ、気持ち悪いを撤回するんだな。こんな綺麗な麦わら帽子は他にはない筈だぞ」

「分かったよ。するからやめて」

 ラドナは心底気持ち悪いと思っていたが、今はやめて貰うことが第一であった。帽子は満足げに口を開いて笑うと、けらけらと笑い出した。

「分かればいいさ。じゃあ、話を戻そう。俺がお前を馬に乗せてやるよ。喜べ」

 ラドナには帽子が何を言っているのか分からなかった。十歳のラドナには、どうしても騎手として馬に乗ることは叶わない。この帽子はどうするというのだろうか?

「本当に馬鹿な小娘だな。それはもう解決済みだ。鏡を見てみろ」

 帽子にそう言われ、ラドナは鏡に目を向けた。そして、驚きに言葉を失った。

 鏡にはラドナよりも少し年上に見える女の子が映っていた。歳の頃で言えば十五、六といったところか。ラドナと同じ美しい金色の髪を三つ編みにしているおさげの女の子であった。ラドナにも、それが自分自身の姿であることに気付くのにそれ程時間は掛からなかった。鏡の中のラドナは顔も体も確かに成長していたのだ。

「けけけ。驚いたか? これが大体十五歳くらいのお前だ。なかなかいい女じゃねえか。胸には全く期待出来そうもないがな」

 帽子は楽しそうに笑っていたが、ラドナにはいまだに状況が把握出来ていなかった。元に戻れるかどうかも心配になってきた。

「心配するな。元には戻してやる。ただ今は馬に乗りに行こうぜ」

「これって、どうして?」

「どうしてって魔法だよ。あいつも言っていただろ?」

「あいつ?」

「忘れたか? お前に俺を渡した紳士だよ。いけすかねえ野郎だぜ」

 紳士の事は忘れてなどいない。紳士は言っていた。ラドナに渡したシルクハットを魔法の帽子だと。つまり、この麦わら帽子はあのシルクハットが姿を変えた物だったという事なのか?

「理解出来ても、出来なくてもどっちでもいいからさっさと行くぞ。俺も外に出たのは久し振りだからな。うずうずしているんだよ」

 帽子は相変わらず、薄気味悪くけらけらと笑いながらラドナを急かしていた。


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