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第一章 紳士

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第一章紳士


 ラドナは今年、十歳になったばかりの女の子だった。

 ラドナは母と一緒に小高い丘の上にある小さな家に住んでいた。大好きなお母さんがいれば、ラドナは少しも寂しくなかった。

 というのも、ラドナには父がいなかった。初めからいなかったのではない。四年前に馬の事故で命を落としたのだ。父は村一番の馬の騎手であった。

 村から少し行くと大きな街がある。ラドナの父は、そこで母とラドナの為に競馬の騎手をしてお金を稼いでいた。しかし、五年前、落馬事故で命を落とした。

 父が死んだ日。ラドナは泣いた。涙が枯れるまで泣いた。

 父は、母とラドナにこの小さな家と少しのお金を残してくれた。二人で慎ましく生きていくには十分な額であった。

 しかし、ラドナにはもう一つ大事な、大事な父の形見を持っていた。それが、ラドナの両肩の後ろに伸びる、母譲りの美しい金色の髪を三つ編みに束ねた、とても可愛らしい左右のおさげである。

 ラドナは父が死んでからというもの、毎日欠かさず三つ編みに髪を束ねていた。父が教えてくれたとても大事な髪形なのだ。

 父は馬のたてがみで三つ編みを作るのが、上手で大好きだった。ラドナも何度か、父の騎乗を見に行ったことがあった。父の乗る馬は、皆たてがみが美しい三つ編みに束ねられ、その美しい姿がより一層際立つものになっていた。幼いラドナもその美しさに心を奪われたことを今でも鮮明に覚えている。

 そして、馬にまたがる父の姿は本当に凛々しく格好いいものだった。

 ラドナも騎手になりたかった。でも、騎手は十五歳になり学校に行かないとなれないと聞いていた。

 ラドナは近所の牧場に毎日の様に入り浸っていた。牧場の手伝いをすると、牧場主さんは少しのお金をくれた。ラドナは母にその金を渡そうと考えたが、母はラドナに言った。

「そのお金はあなたが貯めておきなさい。きっと必要になる時が来るから」

 ラドナは母の優しさに感謝した。

 ラドナは騎手の学校に入る為にそのお金を貯めておくことに決めた。母に苦労は掛けぬとこの時強く誓ったのだ。

 牧場に通う中で一つの出会いがあった。二年前に生まれた仔馬のリックスだ。リックスは血統こそ目立つものではなかったが、その能力は群を抜いていた。リックスが走れば同じ年に生まれた馬も、前の年に生まれた馬も誰もついていけなかった。

 ラドナは思った。リックスにのれば父の夢も実現できると。

 父はラドナにいつも語っていた。父の夢は王の前で、王の主催するレースを勝つことであった。王は年に一度、街を訪れ競馬のレースを開催していた。

 しかし、それは叶わなかった。父は夢を叶えることなく天国へと旅立ってしまったのだ。そして、父の夢はやがてラドナの夢になった。ラドナは父の代わりに王のレースに勝つと心に誓っていた。

 ラドナはリックスに乗りたかった。しかし、それは十歳のラドナには叶わない。

 ラドナは毎日リックスの走る姿を見ていた。それは何とも言い難い美しさと強さを孕んでいた。春の芝の新緑に赤毛のリックスは良く映えていた。

 もう直ぐリックスが厩舎に入厩する為に牧場を出る。そんな折だった。

「素晴らしい馬だね」

 いつもの様にリックスに見惚れていたラドナに一人の紳士が話し掛けて来た。

 そのタキシードを着た初老の紳士はとても背が高く、とても美しくラドナの目には映った。

「君が乗るのかね?」

 紳士の問いに、ラドナは首を横に振った。

「ううん。乗れないよ。騎手になるには十五歳になって、学校に行かないといけないんだもん。今の私には乗れないの」

「そうかね」

 紳士は少しリックスを見つめ、首を横に振った。

「それは残念だ」

「残念? どうして?」

 紳士はラドナを見つめて言った。

「あの馬を見たまえ。命の輝きが溢れ出したかの如き燃えるような栗毛。命の繊細さがにじみ出したかの如き透き通るように美しい黄金のたてがみ。そして、その弾けんばかりの生命力を見せる走り。まるであの馬は」

 紳士は優しく微笑んだ。

「君にそっくりだ」

「私にそっくり? リックスが?」

「ああ」

 ラドナは首を傾げた。自分にリックス程の才能があるというのだろうか?

「あるさ。君にはある」

 紳士はラドナの心を見透かしたかのようにそう言うと、ラドナの頭に手を置いた。

「君の名前は?」

「私? ラドナだよ」

「そうか。ラドナ、君の髪は本当に美しい三つ編みだ。私は馬のたてがみを三つ編みにした姿が大好きでね。あれ程美しいものは無い」

 そう言うと紳士はかぶっていた帽子を脱ぎ、それをラドナの頭にかぶせた。大きなシルクハットだった。ラドナは不思議に思い、首を傾げた。

「その帽子を君にあげよう」

 ラドナは驚いた。この高貴な紳士が身に着けていた物だ。どれ程高価なものか分からない。そんな物を貰う訳にはいかないと思ったのだ。

「そんなことは気にする必要もない」

 やはり、紳士はラドナの心が読める様だった。紳士はラドナの肩に手を置いた。

「その帽子は不思議な帽子なんだ。君の願いを叶えてくれる魔法の帽子さ」

「魔法の? 本当に」

「ああ」

 その紳士は帽子をラドナに渡して、元来た道を静かに帰って行った。それがラドナとその不思議な帽子の出会いだった。


ありがとうございました。

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