七.あり、ない。
「ときに、白と黒とはどんなものかね」
先ほどよりも遠く響く声が、足を止めて考え込んでいた鴉を地の底の現実へと引き戻した。ヒミズが先へ進もうとして立てる物音は、鴉のそれより万倍も小さい。この闇の中に1羽きりで取り残される恐怖にせっつかれ、鴉はあわてて3本の足を動かしはじめた。
そうして、ヒミズに前と同じ程度の距離まで近づいたことを確信してから、改めて問いかけを反芻する。
どんなもの、とは、どういうことだろう。
意図が理解できなかった。
これもまた、ヒミズ一流の話術なのだろうか。
だとするならば、どの様に答えようが戻ってくるのは揶揄でしかないようにも思われた。しかし、尋ねられたことに適当な答えを返すことができるほど低い自尊心を持ち合わせているわけでもなかったので、鴉はさんざん頭を捻ったあげく、結局は直感的に導き出した説明らしきものをくちばしの先にのせることになった。
「白も黒も、ご存知の通り色の名前だ。白は…すべてを突き放してなお冷たく、それ故に美しい。確かにそこにあるが、どこにもないように見える」
そこまで一気に喋って、鴉は前方を気にするように見やる。もちろんヒミズの姿は見えず、闇が広がるばかりだった。地下に引き摺り下ろされてから屈めつづけている腰が少し痛んで、鴉はため息を一つつく。あとどれほど歩けばよいのだろう。
憂鬱な気分を追い払う意味も込めて、ままよ、と鴉は続けた。
「黒は…、この世界に満ちる闇に似て…いや、違う。この世界の闇は、いろんなものが混ざって動いてゆく感じがする。だが、あの黒は…」




