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五.ものくろと光彩

 まっくらやみを、ヒミズの立てる音を頼りに鴉は進んだ。

 幾度も土壁に身体をぶつけてしまったが、道が崩れる様子は欠片もなかった。時間が凍りついているのは地上だけではないらしい。静止した土を動かすのは至難の業で、どうやら生き埋めにはならずにすみそうだった。

 その土を、どんな魔法を使っているのかかき分けて進んでいるらしいヒミズは、それはよく喋った。


「時間が凍るなぞ、滅多になかろうことがね。

 わしのじさまのじさまのじさまの

 ・・・とにかくずぉっと前のヒミズが……」


 とめどもなく紡がれ続ける言葉は、どこか独り言のような響きを帯びていた。口を挟むこともできないような勢いのそれらを聞き流しながら、鴉は慎重に足を運んだ。何しろ、一筋の光も差さない闇の底のこと。いくら崩れてくる様子がないとは言え、土の壁に自ら進んで頭や身体をぶつけたいと願うほどの酔狂さは持ち合わせてはいなかった。それでもふと届いた言葉が、鴉から思考をうばった。


「知っていなさろう、小さきおひと。

 そもそも、時間こそが忘却の源。

 たとうるならほれ、未来永劫消えぬかと思うような悲しみの記憶、

 そんから忘れたくないと叫ぶような喜びの記憶、

 そういったものを時間は凍らせ、いずこかへ消し去ってしまうがね。

 時間は本来、凍らせる側であって凍るものではなくんしょ」


 耳に流れ込んだ言葉に、鴉はようやく事の重大さを知る。

 凍らせる側が凍ってしまったのだ。

 ならば、時間に凍らされて忘れ去られるはずのものはどうなる。


「だから、世界は色をなくしていたのか」


 呟くともなく、鴉は言った。

 それを合図としたわけでもなかろうが、ヒミズの言葉が止まる。


「地上はどんなところかね、小さきおひと」


 ぽつり、と聴こえた言葉は、さきほどまでより随分と近くから響いた。


「ご承知のとおり、酷い風が吹いているよ。あやうく吹き飛ばされかけたくらいだ」


 進まねばならない方向へ進ませてくれなかった風のことを思い、鴉はため息をつきながら次の言葉を待った。

 けれどヒミズは、先ほどまでの立て板から流れる水のような言葉の奔流が嘘のように、何も言わなかった。

 辺りに満ちた静寂に居心地の悪さを覚えて、鴉は思いつくままの言葉を口から紡ぎだした。



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