四.地底と暗闇。
身体を引きずる力が、唐突に消える。
すぐそばで渦巻きつづけているはずの風は、そよりとも感じられなかった。
それでいて、辺りに満ちる大気が澱みを微塵ももたない。
わきあがる疑念にせかされるようにして、鴉は目を見開いた。
そこには、果てのない闇が広がっていた。
どこをどのように引きずられてきたのかも判らない。
いつの間にやら口に入りこんでいた泥をようよう吐きだして、鴉はほうと息を吐いた。
それから湿り気を帯びた土の上にへたりこんだままの足に気づく。足を伸ばし顔を上げようとしたところ、頭をひどくぶつけることになった。
「すこぅしかがんで歩いてくんなせ、小さきおひと。
道が崩れてしまえば、わしはともかく小さきおひとは埋まってしまおうほどに」
唐突に、気配もなく響いた言葉の意味は、今度はすぐに理解できた。
鴉はあわてて身をかがめる。
地上に聴こえてきたそれと寸分違わぬ口調の主は、一筋の光もない場所でものの輪郭を捉える術などあろうはずもない鴉にはやはり見えなかった。
「そんで。
どこに行きなさるのかね小さきお人。
乗りかかった船なら最後まで。わしの庭ならどこへでも先導してくなんしょが」
見えない声の主の笑みを含んだ声に、鴉は改めて気づいた。
どこへ、と明言できるような目的地を持っていないということを。
「凍った時間をとかす鍵のある場所を知っているか」
問いかけは、自身の耳にすら頼りなく届いた。
「そんな簡単な謎かけにてこずっていなさるのかね、小さきおひと」
ちょうどくちばしを向けていたほうから、くっくっと笑いながら遠ざかっていく足音が響く。
鴉は慌てながら、そろそろと後を追った。
天井や壁にぶつからないように気をつけながら、そろりと尋ねる。
「あなたには分かるのか?」
「わしはヒミズ。地の中で廻るもの」
答えにならない応えに、鴉は首をかしげ、そして存外狭かった道の壁に頭をぶつけることとなった。それでも、切られた羽の先で頭をさすりながら、鴉は笑う。
どんな姿をしているのかすら分からない、この相手の名前を知ったことが奇妙な安堵感をもたらしていた。




