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十六.逢瀬

 

 夢は、とどまることなくうつろった。

 鴉もまた、羽虫としての、鳥としての、犬としての、人としての生を、いくどとなくくりかえした。現実かと惑うほどの鮮明さに鴉はうろたえ、やがて受け入れることを覚えた。

 そうして、数限りない生を経た・・・風として水として土として生きつづけたその果てで、鴉は唄を聴いた。どの夢でも耳にしていた、どの夢でも耳にしなかった唄を。

 遠く、すべてをつつんであまりあるような光に包まれながら、鴉は気づく。


 そうだ。

 あの唄が、この光だ。

 そして、この光こそが、タイヨーなのだ。

 直観的に鴉は理解する。


 ヒミズの言葉に感じたような恐怖は、かけらもなかった。

 ただ、夢にたゆたっていたすべての神経が、張りつめたまま動きをとめてしまったような気分だった。そんなおかしな感覚をどこかへやってしまいたくて、息を一つつく。

 その時も唄は、タイヨーは鴉をつつんでいた。

 まるで隣に腰をおろしているかのような身近さで。


『あなた』


 不意に、本当に何の前触れもなく、声が響いた。

 鴉はうろたえ、辺りをきょろきょろと見回してみる。

 光の中に、生きものの気配はない。もやがかったような白さばかりが、どこまでも続いている。その白さに、体がとけてしまったような不安に、鴉はおびえた。得体の知れない声よりもよほど、意識をとどめる器がないことが、恐ろしくてならなかった。



『また、ここにたどりつくのね』


 くすくす、と。笑うような声が、鴉を恐怖から引き戻した。

 今さら、鴉は理解する。この声が、夢の中で耳にしたどの声とも違うことに。夢の中で耳にしたそれらは、どれも意味のわからない音だった。けれど、この声は言葉として届く。


『あなたは、いつもそうね。返事をくれた試しがない』


 聞きおぼえのない声だ、と鴉は思う。

 記憶のはじまりに聴いたあの声でもなく、ヒミズのそれでもない。

 いぶかしさを隠せないまま、つい今しがた声が響いた方角に、つまり声の主がいるはずの場所に目をやる。どうせ、真っ白な世界が続いているだけだろう。そんな投げやりさは、あっけなく裏切られた。

 広がっていたのは、これまで見た夢に出てきたすべてをごちゃまぜにしたような、混沌とした世界だった。夢の記憶を信じるならば、その混沌とした世界に悠然とたたずんでいるのは白い兎。


『ハジメマシテ、になるのかしら』


 呟きのような口調は、耳をすませるまでもなく響きつづけている唄そのもののように鴉に届いた。それだけで、逆立っていた羽毛が、元の場所におさまる。あまりに唐突に現れたこの兎に、けれど警戒すべき理由は何一つないような気がした。

 鴉が緊張の糸をゆるめたのを感じとったのか、兎が笑う。さえざえとしたほほえみは、何よりも優しく、鴉はすべての憂いを忘れた。


『鴉。あなたと逢えるのを、楽しみにしてきたわ』

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