十四.まどろみの涯:喫飯
夜明けが、細かな水滴が羽根に纏わりつくような感覚と共にやってきた。
こんな日は、大地すれすれに飛ぶほうが収獲がある。誰に教えられたわけでもなく、意識はそれを知っていた。母も、その母も、そのまた母の頃からそうだったのだという。知識というよりは本能に近い感覚は、一族であれば備わっていて当然のものでもあった。
研ぎ澄まされた感覚に、小さな影が届く。近づくのも、捕えるのも、そう難しいことではなかった。翼が少し泥で汚れたが、そんなことは今気にすることとも思えない。
まずは、食事を確保せねばはじまらないのだ。
子どもたちが、お腹をすかせている。
育ち盛りなのだから、もっともっと、食事を運んでやらなくてはならない。
明日は空から水が降るだろう確信がある今ならば尚更。
ひとたびあの水たちが降り注いできたならば、もはや小さくて味の深いものたちを捕らえることはできないだろう。
なんとしてでも陽が高くあるうちに、いつもよりも多く食べさせてやらなければ。
あせる気持ちをそのままに、風をきる翼が鳴った。
眼を凝らした意識の先。
細い緑の間の白い繭の横で、薄い羽根がキラリと光る。
居た。
一瞬で、あっけなく嘴におさまったそれを銜え、高く高く舞い上がる。
かすかに震えたそれは、時をまたずして静かになった。
この大きさならば、子どもたちの飢えをひと時なりとも満たしてやれるだろう。
はずむ気持ちをそのままに、風の唄に身を任せる。
さぁ。帰るのだ。
そのときだった。
衝撃が、体を貫いたのは。
嘴が、勝手に開いた。
せっかくのご馳走が落ちてゆくのを悟ったころに、身体もまた落ちはじめていた。
大きな音が響き、たたきつけられた身体が、動きを忘れてはねる。
何が起きた。食事を、この虫を運んでやらねば。こんな痛みは知らない。どうすればいい。
思考が暴走する頭に響いたのは、天敵の声だった。
バウ!
耳慣れない響きを最後に、音が消える。
四つの朝と夜しかしらない子どもたちの顔を思い浮かべた瞬間に、世界は終った。