九.盲目の視界。
「眼が見えないのか?」
他者と触れ合うことに慣れない鴉のぶしつけな問いに、ヒミズはあっさりと肯定の相槌を返した。どこか決まり悪さを覚えて頭をかいた鴉に気づいているのかいないのか、笑いすらにじむとぼけた口調がそれに続く。
「すると小さきおひとがおっしゃったは、見るとかいうことでしか分からないもの、ということになろうなぁ」
その言葉が鴉をむっとさせた。
闇の向こうでヒミズが、その姿を一目たりとも見たことがないにも関わらず、己をせせら笑っている様子が眼の裏に浮かぶような心持ちさえして、感情のままに言葉がくちばしからほとばしる。
「いいや。まだ言ってなかったことがあった。
地上は、ここと同じくらいの寒さだったがここより湿ってはいなかったよ」
自らの言葉に引き出された、凍てついた大気が忍び寄ってくるような心もちが、鴉の身体をぶるりと震わせる。実際、鳥籠の中で目覚めた時にはすでに指先まで冷え切っていた鴉は、立ち上がるまでにたいそう苦労したのだった。
実は地下のこの湿り気のある土の中のほうが風が吹いていない分だけ暖かいような気もしたが、そんなことを言うのは何か癪で、鴉は口をつぐんだ。
「そうかね」
鴉の様子に気づいた風もなく、ヒミズは変わらぬ口調で返した。
どこにもぶつけようのない、何かどろどろしたものが胸に重く、鴉は俯いた。
「そんなら、太陽も凍ってしまったろうなぁ」
別に鴉に聴かせるつもりではなかったのだろう。
もごもごとした口調の言葉は、だが土にすとんと吸い込まれる前に鴉の耳に届かぬほど小声ではなかった。
「たいよー、とは何だ?」
聴きなれない音の響きに、鴉は戸惑う。
浅い記憶を探っても、何も思い出せはしなかった。たいしたことではないのかもしれない、と考えながらも鴉は答えを求めていた。ひとたび抱いた疑問は、ほうっておけない性質であるらしい。
「そうさなぁ、わしもよくは知らぬがなぁ」
ヒミズの声音には、鴉の問いを歓迎しているとは言いがたい雰囲気がにじんでいた。
「こわきもの、とはおじいのおじいのそのまたおじいの遺言でな。わしらは眼が見えぬで、その姿を見たものはおらぬが。なにしろ見たものは皆死んでおる。そういうものさなぁ」
分かったようで分からない気分で、鴉は成程とだけ返した。
ヒミズの謂いをその通りに受け取るならば、「たいよー」は随分と恐ろしいものであるらしい。凍っていたのは自らにとっても僥倖だったのかもしれない。だとするならば、これ以上知る必要はあるまい。
そう考えた鴉は、先ほどからずっとあたため続けていた疑問をくちばしの先にのせることにした。
「そういえば、私たちはどこへ向かっているんだ?」