〈1〉
明日の遠出のために宮殿に住まう者たちが寝静まったころ。
「いい機会です。」
彼女、イニ・シーラは外を眺めてつぶやく。
「現王様に対する狼藉は皆も見た通りでしょう。現王様すら敬えないのであれば主天をあがめることなど決してありません。」
後ろに控える従者たちは深くうなずく。
シーラは風に吹かれて揺らめく木々をみつめていた。以前噴水前で『王』に願いを申し出た時の場所。
「現王様は正直なお方です。私の願いを聞き入れて部屋にはどの姫も招き入れていません。代わりに、姫と別の場所で過ごすようになったようですが…。会って会話をするだけで何もなかったのですね。」
従者はそそくさと近寄ると四角い小さなメモリチップをシーラに手渡した。
「金星のイブ・ザハブパトラ様だけはどうしても見かけることができず…。」
「こちらのやろうとしていることに感づいている様子でしたか?」
「わかりません、ですが。」
「わからない、はなりません。重要なことです。邪魔が入ってしまっては…。」
シーラは振り返らないものの言葉の端に少しいら立ちを見せた。
それでも従者は恐れずに続ける。
「…ですが、イブ・ザハブパトラ様は、火星のローズマリー・サンドラ・ヴィクトレア様と何やら密談があったようです。」
調査報告のデータにも残っている。シーラは顎に手を添えた。
「火星の姫はそこまで警戒の必要ではないですが、やはりイブ殿…彼女を抑えるには…。」
「他の者から先に手を回しましょうか。」
自分以外の4人の正妻候補者、一人ひとりに対してこちらから「お願い」をしていくのは時間がかかる。だが、それ以外の方法で自分の目的を達成するのは難しい。
「そうでしょう、地道に一人ずつ。ただ現王様がせっかく用意してくれた舞台ですからここで大きく動きたいところです。幸い、イブ殿以外にであれば交渉の余地はあります。」
深く息を吸った。
「天を一つに。」
まじないの様に手を合わせる。従者たちもかしずく。
月は傾いていった。
まだ覚めない瞼をこすりながら大一は一番に大広間で姫たちを待っていた。結局昨日は悩んであまり睡眠がとれなかったようだ。ふらふらとする大一とは違い朝からしっかりと起立しているユエからはやはりプロフェッション意識の高さを感じる。
「昨日は眠れた?」
頭はさえないままのんきなことをきく。
「お心遣い痛み入ります。」
朝からすでにこの調子だ。体調は万全なのだろう。
今日の大一の服装は動きやすいアウトドア用のいで立ちである。しかしどうしてこうもアウトドア用の服にはポケットが多いのだろうか、ベルト式のポーチ、ファニーパックのような袋、小物入れには事欠かない。形の差異はあれど昔も今もあまり変化はない要素だった。
「現王様こそ、いつものように悩みすぎて寝不足なのでは。」
「まあ………いつものようには余計だと思うけど。」
「失礼しました。」
軽い会話をしているところにとある一団がやってきた。
おそろいの格好をした衛兵の皆さんである。
「おはようございます。」
大一からすすんで挨拶をする。
「いやあ、おはようございます。」
と一人がのんびり返したので、全員慌ててそのものの口をふさいで背筋をただす。
「し、失礼を…!」
この者たちは総務部に所属しているのでボディガードのプロではないのだろう。形だけのお守りだ。
(自分の身は自分で…か。)
青少年の身にはそれができるようでなかなか難しい。
彼らは言ってみれば今日のロイヤルガードに当たるわけだが、部署が違うだけで意識もさっぱり違うのだろう。大一と同じように眠たそうにしたりちょっとけだるそうにするものが目立つ。ただの行楽に付き合わされるだけなので、彼らの出番がないのはわかる。
「皆さんも今日は息抜きのつもりで。」
あまりにも気の抜けた指示にユエが視線で大一をとがめている。ただ、大一のボディガードたちは多少嬉しそうであった。
「んっん……現王様。この者たちは常に息抜きをされているようなものなのですが?」
ユエがそっと耳元まで寄って大一に注意をする。
「やる気のない人たちがそばに立ってたら、たぶんみんなも楽しくならないよ。はしゃいでたほうがいくらかはマシだろ。」
ささやき返す。ユエは驚いたようだったがすぐにいつもの無表情に戻る。
「そこまでお考えでしたら私からは何もありません。」
せっかく遊びに行くんだから、5人とも満足させようというぜいたくな計画。それにはお飾りの警護は不要であった。




