〈9〉
大陸の南側までどう行くのか。というのも目的の場所は2つ3つの海を隔てて遠く離れている。西側から続く陸路を行こうとすると長い旅路になる。だがここは未来の世界。大一の考えが及ばぬ装置があるのではないか。
「もしかしてワープ装置とかあったり?」
自室で何もわからない大一の旅支度を手伝うユエに聞いてみた。
「以前も似たようなことをうかがいましたが、少し移動するぐらいでワープは使いませんよ。」
少しの移動って、過去から考えると片道一日がかりの大移動ではないのか。
「あ、じゃああのタワーを登ったときのような…あれ、俺酔うから勘弁してほしいんだけど。」
「それも違います。ビークルで普通に移動しますよ。」
「あ、そうなの。」
少し拍子抜けした。
この時代、異空間を通って指定する座標に到達することは容易ではあるが、その分空間跳躍の衝撃に耐えられるほどの船でなくてはならない。地上では重力の関係もあり、動かすには様々の動力を必要とする。水素エンジン、反重力装置、プラズマ動力…。並べられても大一にはよくわからないがともかくワープができるほどの船は地上ではあまり造られない。
「地球上での移動にそんな大掛かりなものは必要ありません。」
液体クッションが搭載されたハイスピードロウブームモデルでほんの二、三時間でつくことができるらしい。なんのことだかわからないがとにかく速く移動できる。
大一はとりあえず疑問を挟まず受け入れることにした。
「それで、現王様は向こうで何をされるおつもりですか?」
「それなんだよ…。」
ザニアトリの情報を検索しても、足跡の話しか出てこない。人類の足跡といえば、まあ自分にとっても歴史あるものにはなるが、女の子を連れてそれを見て終わりなのはもったいない。
「レジャーシートとか…お弁当とか…バドミントンのラケットとか…」
遠足自体小学校以来のため発想が過去で止まっている。バドミントンのラケットがせいぜい大一の想像の限界である。
「バドミントン…は過去の羽つき遊びですね。」
どうやらこの時代には存在しないスポーツらしい。
「つまり現王様は地べたに敷物一枚引いて腰を掛け、弁当を頬張り、その後体を動かすということを提案なさるおつもりで。」
間違いはないがなにか引っかかる言い方である。
「それだとまずいかな?」
「はい。」
やはりそうだった。
「まず姫君たちは地面に腰をかけるような真似はしません。」
「……公園ってどれくらいの広さなの?休憩スペースとかある?」
「広い敷地です。面積は400ha。検索機を使えばそれぐらいはすぐに見つかると思いますが。」
ユエに聞きたかったんだ、と言おうと思ったがなんだか告白めいていたのでやめた。
「宮殿が外苑を含めると820haですので正直なところ、散歩やピクニックならここで済ませられます。」
そういうことは最初に言ってほしかった。
確かにアギアスパレは広いと思っていたし向こう側の壁は全く見られない。ただ生活スペースだけの移動だったのでそれほど広くないように感じていた。実はほんの一部分入り口のあたりをウロウロしていたらしい。まだ見ていないエリアのほうが多いようだ。
「で、でもまあドゥニアが見たいって言ったわけだし。」
「そのとおりです。だからこそ、他の姫君も満足させないといけないので、下準備が必要なのですよ。」
大一は目を丸くした。考えていなかったことを指摘されたから驚いたのではない。
(ユエがすんなり普通のアドバイスをくれた?!)
今まで煙に巻くような、核心だけは決して話さず大一に考えさせるような態度だったのに一体どうしたというのか。
大一は少し落ち着きを取り戻してから相談を再開する。
「…わかってる。お弁当ぐらい自分で作ろうかな…。」
ピクニックということで大一が最初から考えていたことだ。
「えっ。」
珍しくユエが驚く。いや、これらおののいている。
「失礼ですが…『王』が厨房に立つのは考えららないところなのはおいといて、料理の腕に覚えがあるのですか?」
「これでも毎朝自分の弁当ぐらい作ってたから。」
自分で割と家庭的だと思っていた。下準備が必要じゃないものならおそらく作れる。だが、ユエは心配そうだ。
「ちなみにレパートリーは…」
「肉巻きとか、厚焼き玉子とか、ホウレンソウの胡麻和えとか…あ、あとアスパラベーコン。」
うんうん。大一は自分のそれなりにできる腕を思いだす。
「食べられるのは、あなたよりも遥かに身分の高い女性なのですが…食材の適切な調理温度など下ごしらえに何が必要か、香りや味付けに何を使うか、食べ物の旬、そういう基本的なことはわかっておりますか?」
「…あ。」
料理はそこそこできると言っても所詮専門的な勉強はしていない素人。家庭料理で星を代表する姫が満足してくれるはず万に一つでもない。まずくはないが喜ばれもしないだろう。
ということで手作りの弁当も却下となる。そのまま明日の出発を迎えてしまいそうであった。




