〈3〉
ドゥニアは近頃元気がない。普段通り過ごしているものの、大一と向かい合ってはしゃぐことはなくなったし、廊下で出会っても軽く挨拶をしてすれ違うだけで、どこかよそよそしさも感じる。
(やっぱりこの前の出来事が影響してるんだろう。)
せっかく用意したサプライズは驚かせすぎて求めていたリアクションではなかった。その上、当事者以外からは危険だとみなされて責められてしまう。大一はフォローしたのたが、それではきっと足りなかったんだろう。
「どうすればいいだろう。」
大一はルオンのもとを訪ねていた。水星人向けの部屋へは入室準備が必要なので、姫個人のための休憩室(ドゥニアはプレイルームとして改築、マリーのはトレーニングルームになっている)で相談にはいる。
「ドゥニア様が落ち込んでいらっしゃるのは、確かになんだかこっちまで気持ちが沈んでしまいます。」
明るく返事はしているが以前のような元気さが足りないのですぐにそういうことがわかってしまう。
「シーラ様もあのような言い方をされては…」
「あれはまあ…俺のことを思っていってくれたんだし。」
ルオンはあまり納得したような雰囲気ではない。彼女はドゥニアと交流があってから非常にかわいがっている。衣装選びも手伝うこともあるようだ。
「現王様はどちらも間違ってない、ということがおっしゃりたいのですね。」
そう。どっちも間違ったことはしてない。たまたま運が悪かっただけだろう、と大一は考えている。
「例えばの話…」
ルオンが膝の上に両手を添える。
「ワタクシとイブ様が互いを謀り合って現王様にご不快な思いをさせたとしましょう。」
イブがダンスの時の貸しを、大一から一夜の誘いで返してもらおうとしたとする。流石にそれは要求が釣り合ってないので、ルオンはそれを阻止しようと動く。ただ、大一はいつも通り責任を重く感じイブの要求を飲もうとしてしまう。
ルオンはイブの要求を止めるため、先んじて大一に手伝ってほしい力仕事があると助力を願い出て、夜までイブと引き合わせないようにする。こちらの要求も断ることができないため、ルオンに最後まで付き合う。
「夜になりくたびれた状態でイブ様とお会いになり、一夜を共にしようとしても体力が残ってないので現王様はイブ様を遠ざけてしまいます。これによってイブ様を傷つけてしまったと考えた現王様は自分をせめて落ち込まれます。」
まるで見てきたかのようにルオンが語る話は妙に真実味があってゾクッとする。
「今の話で現王様は誰が悪いとお考えですか?」
ルオンの深く青い瞳の奥の虹彩が揺らぐ。
「どっちも間違ってないと…」
「相手の立場を考えれば、ですね。でもご自分からみると、どちらが邪魔をしていますか?」
「イブが一晩一緒にと言ってきたなら、俺は緊張してうまく返せなさそうだし、ルオンが邪魔をしようとしたとしても俺はそのことに気づけないよ。」
答えは経験不足でどちらにも味方できない、である。ルオンは大一を見つめたままだ。
「この場合、イブ様は現王様に気に入られようと、ワタクシは現王様に気に入らせまいと動いています。二人とも自分第一で考えているんですよ。つまり…」
「前者がドゥニアで後者がシーラだと。」
「そうです。攻防の間に挟まれて、両者の立場を考慮するとどちらの顔もたてなくてはならなくなります。」
大一には考えもよらなかったことだ。いつもなら緩やかに慰めるように話してくれるルオンが、こんなにも真剣になって自分を諌めてくれるのは初めてである。
(でもこうやってずっと甘えちゃだめだよな…)
「ぶつかったのなら片方の方を持ち相手の問題点を指摘したほうが解決します。それが嫌なら、どちらの手も取らないことです。」
ルオンから告げられる大一には難しい取捨選択。何よりも相手を傷つけたくない、と動いてしまう。
「現王様は大変お優しいです。でもそれでは自分を持たない者にも見えます。優しいだけではワタクシは満足できません。」
…なるほど、これは。
「それがルオンの俺に対する望みってこと…。」
「そうですよ、現王様。」
臆面もなく語るルオンの姿は、凛々しく美しい。
「ドゥニアを元気づけるのは…。」
シーラを責めることなのだろうか。相手が悪い、と言ってやると本当にドゥニアは元気が出るのか?
いや違う。俺ができることは他にある。
「話を聞いてくれてありがとう。ルオン。」
「ふふ、これで貸しが膨らんでいきますね?」
緊張が解けルオンが滅多なことを言う。
「え、そういう制度なの?」
「はい、ご存知ありませんか?貸し借りには利息が発生しますよ?追加融資も行ってますし。」
金融商品のように扱われる。
「そ、それじゃあ早く返さなきゃ…」
からかわれているが、実際要求がどんどん大きくなりそうなので大一は慌てる。
「まあまあ、今はドゥニア様の方で。ワタクシへは後でゆっくりと。あ、もちろん協力も惜しみませんからね。」
ニコやかに語るルオンはなかなかのやり手である。この度改めて痛感した。




