〈2〉
大一が拳を握って強めに扉を叩いた。ちなみにそんなことをせずともモニター下の認証パッドに触れるだけで来客は伝わるようになっている。
「現王様?ど、どうかなさいましたか?」
案の定うろたえる火星の姫、マリー。
「あの!」
モニター越しでも声がでかい。
「昨日はごめん。」
さては、何に怒っていたか察してくれたのだろうか?
「俺は多分マリーの気に障ることを言ってたんだと思う。それが何なのかまだわからないけど…」
違ったようだ。とりあえず自分に非があると思ったら謝っておくというのは、そう悪いことでもないが、ちゃんと向き合ってもらえないようでいい加減な感じがする。だが、マリーもずっと怒ったままではいられない。
自然とモニターではなくドア越しで会話をしていた。
「私が何に怒ったかわからないまま、謝罪にいらしたんですね?」
許す許さないではなく、純粋な確認のつもりである。が、どうも聞き方に嫌味っぽさが残ってしまったようだ。マリーが気づいたときにはもう遅い。
「そう…。」
急にしぼむ勢いを感じ取った。しまった。
「少しずつ、わかるように直すから。チャンスをください。」
懇願。この世界の象徴が自分に頭を垂れ、許しを乞うている。しかし昨日のイブへ話した愚痴のこともあり、大一が思ってるほどマリーはもう怒ってなどはいなかった。結局のところ。
「あなたがそういう人だから…支えたくなるんです。」
自分に対していつも正直でいてくれるから、マリーは大一を認められるようになった。
「私からも現王様に言わなければならないことが。」
ずっと胸に秘めていた思いである。全くの無音の扉の向こうから、大一が張り詰めているのが伝わった。
「実は私は、『王』が嫌い…だったんです。」
これはどう考えても打ち明けてはいけない。だが、これを伝えないまま相手ばかり反省させては自分の信条に反する。
「与えられた特権を自由に使うのは当然でしょうが、その地位にあるならば義務を果たさなくてはいけないと私は思います。遊び呆けている方のもとに嫁ぐのは、私は心底嫌でした。心を隠す特訓をしたほどですから。」
それでも結構ボロが出ていた。
「たしかに現王様はまだ義務というものを果たされてはないように見受けられます。散歩にダンスにゲームしたり、トレーニングも趣味の範囲でしょう。」
向こうの相手はどんな顔をしているのだろう。はっきりと喋り続けるマリーの手は震えている。静けさだけが扉の先にある。
「ただ、その行動すべてが…私達に対する想いから生まれたものだとするなら…」
隠し事が苦手な現王様。
あまりにも不器用で、思わず笑ってしまう。やることなすこと遠回りで…。
「ここに来てよかったと思えるかもしれません。」
マリーは身につけたままのコスモスの髪留めに触れた。前髪を留めるときにいつも使っている。これも自分には合わないと思っていた。安物を選ばれたと思っていた。
(けど現王様がこのプレゼントを掴んでくれた時。あの時、私は…。)
「…マリー?」
「っ!はい!すみません!」
ぱちぱちと目を瞬いて自分を引き戻す。
「えーつまり、その…。」
話していた内容が飛んでしまった…。何を伝えようとしていたんだっけ。
「これからもよろしくお願いします。」
これではないと思う。
「こ!こちらこそ!」
でかい声がする。
「ふふふ…」
マリーは苦笑いである。なんとも強引な締め方をしてしまった。
(もう少しゆっくりでもいい、よね?)
考えがまだまとまっていないのだとマリーは自分に言い聞かせる。
「今日も特訓に行きましょうかァ!」
無理に話題を変えたせいか声が上ずってしまったが、大一には気づかれないだろう。
マリーはドアをスライドさせる。開いてすぐ目の前につむじからかかとまで堅く張った直立の現王様が現れた。衛兵かなにかか。
「あっ、マリー、荷運びぐらい手伝うよ。」
「そ、そうですか?」
断る理由もないが、カーゴでトレーニングルームへ輸送したほうが楽だし早い。しかし、大一が張り切ってマリーの部屋に侵入して器具を持って行こうとする。
(こういうところが、なんとも。)
女の子の部屋に入るのに一言も無しかい。と心の中でツッコむが、その顔は明るい。
「マリー。」
「はい、なんでしょう?」
大一はじっとマリーを見つめる。あまりにも真剣で何かを探すようなので、流石にマリーも気恥ずかしい。思わず目を背けてしまう。私、何を言われるの?そんなに見つめられても、心の準備が…。
「あの、顔が赤いけど大丈夫?」
「…待ってください。それは元からですけど。」




