〈5〉
ノンキャスターの反重力機付チェア、足がないので中庭まで持ってくるのも楽々である。 ひっそりとした午後の庭園にやってきた。
椅子に腰を掛けてふわりと宙に浮く。空間投影用の薄い板をそばの木にぶら下げて、自分の脳内検索の様子を映像にする。頭で想像するだけでこのような出力装置なしに具体的なイメージが手に入るのだが、落ち着いて探すには切り離したほうがいい、と以前ユエにアドバイスされた結果である。
マリーが喜びそうなものを探すための調べものである。以前イブに調べるだけではだめだと言われたが、意見を求めようにもさすがに方向性ぐらい決めておかなくては。スイスイと指を動かすように情報を集め始める。
(ずいぶんこなれてきたな…)
ふと、考えることを止めた。
ここへ来て何日ほど経っただろう。生活については至れり尽くせりで身の安全は保証されている。
(この前のはまあ…ノーカンで。)
『王』の捜索はちゃんとやっているのだろうか。一向に見つかる気配がない。そのことを口にしようにも、当然ユエから咎められている。
(もしかしたらずっとこのままなのか…)
今の生活は最初の頃ほど拒否する気持ちはない。五人の姫に対しての責任感も芽生えている。前の人生で惜しいものといえば、家族と友人ぐらい。家族…家族か。
(俺がいなくなった後どうなったのかな。)
心配してくれただろうか。悲しんでくれただろうか。至って普通の家庭だったけれど、紛れもなく自分が生まれ育った場所なのだ。
「やっぱり俺はここにいちゃいけないよな…。」
遺伝子が全く一致している、というだけでここに連れてこられた。帰れることなら早いとこ帰ったほうがいい。そうでないと……。
自室に戻ってきて一息つく大一。中庭ではリラックスしすぎたのか何も思いつかなかった。そのままズルズルと引いてきた椅子に再び座る。
「みんなが向けてくれる好意は『王』に対するものなんだよな。」
そう、わかっている。
この宮殿には誰一人、大一のことを好きな人はいない。『王』を愛したくて、『王』に愛されたいのだ。
(……本物が見つからなければ…。)
ブンブンと首を振る。相手がどうであれ滅多なことを考えるんじゃない。マリーが喜ぶようなお礼を返したとして、その笑顔は自分ではなく『王』に贈られるものだ。
(いけない、心を強く。強く。)
なんのためにマリーに訓練をしてもらったのか。大一は嫌な考え方に今の状況を割り切れと言い聞かせる。
探しものも見つからなかった。
「聞きたいんだけど、マリー。」
翌日の訓練のあと、大一はせっせと物を片付けながら、肩越しにマリーに声かけた。
「もしや、お礼のことですか?いいですよ、本当にちょっとからかっただけなんですから。」
マリーは本心からそう言っているようだ。
「それにいつもそうやって全部応えようとすると疲れますよ。」
私も来た頃そうでしたし。と笑う。屈託のなく言うその表情は、確かに最初に会った時と違う無理をしていない自然な顔に見える。これは自分に向けられたものなのか。それとも『王』に向けられたものなのか。昨日、頭をよぎったことが尾を引いている。
「……現王様、私は言いたいことをはっきり言われる方が好きなんですよ?」
聞きたいことがあると言いながらだんまりな大一にマリーが少し不服そうにする。
「あ、いや。マリーは俺が『王』だからここまでしてくれたのかなって、ちょっと考えちゃってさ。全然、不満とか、そういうのじゃないよ。」
話題をかき消すようににこやかに手を振って応える。だが反対にマリーの顔がぱっと暗くなり、大一に厳しい視線を送った。
「…私を見くびらないでほしいですね。」
「あっ、えっ?」
何気なく言ったつもりだった大一の背中が急に寒くなる。
「はぁ…女々しい…。強くなりたいって言っておきながらなんなんですか、それ。」
ガチャガチャと装置を乱暴に片していくマリー。
「ごめん、気に障るような…」
「そうですね、あなたが現王様じゃなかったらまず出会うこともなかったでしょうね。」
大一との会話を拒否するように語気を強める。
「この訓練も現王様は『王』だから、毎日やっていたんですね?」
「そうじゃな…俺は俺として!」
「でも私達の事は信用してないんでしょう?」
え、なぜそんな話になるんだ?大一は予想外の問に言葉を失う。
「贈り物も結構ですから。ではまた明日。」
機嫌を損ねたままマリーが部屋を出ていってしまった。大一は一人ぽつんと部屋に座り込む。




