〈4〉
訓練は続く。
「だ、だいぶ動けるようになってきたと思うけど…。」
「まあ機械の動きなど単調ですからね。」
今日もまた、息を切らして大一がマリーをうかがう。あれから数日、朝は必ずマリーの元へ向かって訓練の手伝いをしてもらっていた。とにかくマリーは容赦をしてくれない。だが、それは大一の意をくんでのことなのだと思うと、感謝こそすれ反発する気にはなれなかった。
昼食前に汗を流し、午後は調べものとほかの姫たちのご機嫌伺いに足げく通う。とにかく話せるようなことはほとんどないが、シーラもドゥニアも前のような普段通り落ち着いて過ごせているようである。
「さあ、パンチの練習ですよ。」
いつも通り取り出す、攻撃訓練シミュレーション。段階を上げれば、棒立ちからボクサーのような軽快なフットワークまで可能。キックも対応。これが今の大一には相性がいいらしく、苦戦しつつもをれなりに楽しんで殴られているように見えた。
「今日はなるべく殴られないよう頑張るか。」
鼻を膨らませて肩を回す。てんでダメなのに少し得意げなのがマリーにはおかしい。
「高い点数狙ってくださいよ。」
笑顔でVRヘッドギアをかぶせる。
「ずっと疑問だったんだけどさ。」固定バンドの留め具をいじりながら大一がマリーに話しかける。
「なんでしょう?」
「これすごく役に立つけど、なんでマリーは持ってたの?」
「……」
マリーは黙る。
実はこれは攻撃訓練シミュレーションなどではない。好きなように殴ってストレスを発散するためのものだ。AIも最低限のレベルでしか組まれていないのでパターンが決まっていて、だいぶ動きが単調なのである。一方的に殴り続けることで日ごろのうっ憤を晴らすのが本来の目的なのだ。
(…まあ、現王様もすっきりされてるしね…。)
シーラといがみ合った日ももちろんマリーは使っていた。誰にも内緒だが。それにこれのおかげで、大一が毎日必ず自分のもとに来るようになっている。悪いことなど一つもない。
「現王様が、いつか己の弱さを克服するだろうと信じて…。」
適当な嘘をつく。
「そこまで言われると、俺も頑張らなくちゃなあ。」
大一も意気揚々とファイティングポーズをとる、これも最初よりはいくらかマシになった。
(チョロすぎですよ現王様。)
マリーは苦笑しつつも、大一のひたむき加減は認めていた。少し危ういが、私がしっかりしてればいいだけのこと。
(それに今は二人っきりだしね。)
この状況、以前の自分であれば何かの策略に使えないか考えを巡らせていたところだが、今となっては純粋にこの時間を楽しんでいる。ポンコツAIに向かって夢中になって拳を突き上げる大一を眺めていた。『王』という立場の温い環境で好き放題遊んでいるというのが我慢ならなかったが、彼は少しずつ自分を変えようとしてくれているのだ。それも自分たちのために。応援するのは当然でしょう。
「一度休まれますか。」
「いや、待って、もうちょっとで何かつかめそう…。」
ビッ、ビッ、とまっすぐ腕を空中へと伸ばす。だいぶ腰も入るようになってきた。
ただの筋トレや殴り方を覚えたところで、大一の言う、みんなを守れるような強さが手に入るのははるか先の未来の話である。愚直で遠回りすぎる方法だが、悪くない。マリーは知らず知らずのうちに微笑んでいた。
「現王様。」
マリーが話しかける。
ビシッと最後に一発腕を振るって大一はヘッドギアを外した。
「どうかした?」
「だいぶ慣れてこられたようなので…」
「次の段階、って感じかな?」
食い入るように話してきてマリーは笑う。そんなに楽しかったか。マリーの胸の内にちょっと困らせたい気持ちが沸き上がった。
「いえね…私、だいぶ付き合ってあげたんですから、何かその…ねぇ?」
要するに見返りを求めてみているのである。本当なら『王』の使命があったというだけでも優遇されているのに、厚かましいお願いだ。だがこれはこの『王』が相手だからできること、本当の願いは、調子に乗るなと少しぐらいたしなめられたいということである。
「そうだなあ…。」
大一は腕を組んだ。
まずい。マリーは息をのむ。この人は考え出すとだいぶ時間を食う。一言、何言ってるんだぐらい言ってほしいだけなのだけれど。
「冗談ですよ、冗談。『王』直々のご使命ですから、これ以上の喜びはないですよ。」
望んだ返答はこなそうなのでさっさと撤回してしまうマリー。だが一度言い出したのは本当にまずかったようだ。
「いや、ここまでしてもらってるんだから俺からも何かお礼がしたい。」
ええい、埒が明かない。
「なら、私を正妻にしてください。」
絶対この場では断られるであろう必殺の一言である。どういうわけだか、『王』は正妻選びをなかなかしようとしないばかりか、『みんななかよく』をスローガンに掲げている。当然この願いも却下されるだろう。
「正妻のことは、今すぐには無理だけど…ちょっと何かできないか考えてみるよ。」
うんうん、と一人で納得して大一は部屋の片づけを始めた。
(結構、強情なところあるよね…)
マリーは頭をかいて次あったときに謝る言葉を考えていた。




