〈2〉
青空の下、広場で規則正しく円を描いて駆け回ったり、準備運動のようなストレッチを入れたり、順番はめちゃくちゃだがひとまず調べたことをもとに体を動かす大一。
元の世界の体育の授業を思い出すように屈伸柔軟…次第に手持ち無沙汰なまま目的が明白ではない運動に意味を見いだせなくなってきていた。
「筋トレとかしようか…」
器具がないのでどうにも負荷がかけられない。ひとまず何もなくてもできる腕立て伏せをやってみる。
「現王様!」
いつの間にか近づいてきた人物に声をかけられる。この前のこともあり大一はとっさに身構えた。
「こんなところでお一人で何をされてるんです?また踊りの練習ですか?」
着飾らないさっぱりとした服装のマリーだった。大一は胸をなでおろす。
「いや、ちょっと鍛えようかな、と。」
ふぅん、といつぞやの興味なさそうな返事。大一も頭をかいてこの場をやりすごそうとする。
「それほどお暇なんですか?」
「違うよ。」
少しかぶせ気味に反論した。暇はあるがそういうことじゃない。ちゃんと目的があってやっていることなのだ。
「ふうん。」
今度は意地悪な笑い方をしながら大一を眺めてくる。
「体を鍛えると、なにかいいことがありますか?」
ない、とでも言いたいのだろうか。
「あるに決まってる。」
「ではどのような?」
マリーは何にこだわってこんなイヤミな聞き方をしてくるのだろうか。大一は、せっかくみんなのことを想って強くなろうとしていたのに、これでは流石にやる気も少し削がれてしまう。
「マリーは何が聞きたいの?」
逆に問いかけた。少しムッとしているのが伝わったのではないだろうか。マリーは謝るように頭を下げたあとでこう告げてきた。
「誰にも話せないような内緒のことなのかと思って。」
「え、そんなことはないって。」
「では教えていただけますか?私は現王様のことを知りたいんですから。」
ここでマリーはようやく普段のようなにこやかな笑顔を見せた。
「あのですね、私はあれから、あの夜からあまり隠し事はしたくないって考えるようになったんです。あなたには私のことを知ってほしい、私にあなたを教えてほしい…。夫婦なんですから。」
あ。大一は気づいた。
大一が早いうちにはっきり答えないでいたせいで、何か隠していると勘付かれてしまったようだ。
「まだみんなにはちゃんと話せてないんだけど。」
ちゃんと伝えるためにゆっくり息を吐きながらしゃべる。
「俺は強くなりたいんだよ。みんなが安心して暮らせるように。」
「つまり、たくましい男性ならば私達が安心するだろう、と。」
大一は無言で肯定した。
「そんなことをしなくても、私達はみんな現王様についていきますよ?」
当然である。資金の行く末を決めるのにアプローチを絶やすはずがない。心の底では嫌っていても顔に全く出さないのが普通なのだ。
だが大一が望んだのはそうじゃない。
「一人も悲しませたくないんだ。」
「覚悟はみんなできてますよ。」
「なんの覚悟?」
「あなたの一番になれなかった後の人生について。」
手を組み穏やかな面持ちで瞳を閉じる。
「俺は、それが、嫌なの。」
わがままである。矛盾している。『王』ではなく大一の言葉だからだ。
「………」
マリーはがむしゃらに腕立て伏せを始めた大一の横顔を見つめる。
「私にシーラと喧嘩をするなと命を下せばそのようになりますよ?体を鍛えなくても、護衛を雇えば身の安全は心配なくなりますよ?なのに、強くなりたいとの仰せですか?」
実際そうである。最も楽で確実な方法をどうして遠回りで不確かなことをしようというのか。
「みんなの気持ちに答えなきゃいけないときに、そんな男がマリーはいいっていうのか。」
全身に力が入ったせいで語気が強まる。
「危ない目にあってるときに、護衛に期待するようなやつの、奥さんになりたいの?」
歯を食いしばって息を荒げる大一の腕にマリーが触れた。
「決して。」
その声はまるで大一の言葉を待っていたかのように、明るくはっきりとした一言だった。




