〈1〉
元来VIPの護衛というのは、精鋭であることが必要条件だろう。現にルオンやそれ以下、地球の王宮にやってきた姫のガードマンたちは非常に優秀な者たちが揃っている。宮殿内は最新鋭の設備が整っているのでそこまで四六時中見張っているわけではないが、それでも十分すぎる警備は欠かしていない。また機械を採用するのも珍しいことではない。
だが、最重要人物たる『王』の護衛はというと。これまでも見てきた通りあんまりな体たらくである。これではおそらく何かあったときは大一だけが被害に合うだろう。がっちり守ってほしいわけではないが、大事な場面にきちんと動かなくてはしようがない。
(これは俺が換えだからか。)
その事実を知っているのはユエたちだけであり、護衛従者その他宮仕えの者たちには決して漏れてはいない。今のところ。
ともかくもこのままでは姫たちを守るどころではない。大一の考えは決まっていた。
「俺もみんなを守れるようにならなくちゃ。」
ボディガードは本当に間に合ってるのだが、大一はどうしてもそうなりたかった。純粋な力をつけること、彼女たちを不安にさせないこと。
大一は宮殿から離れた兵舎の門を叩く。
「はっ!現王様!いかがされましたか!」
ノックされた戸から顔をのぞかせた男性が、突然の来訪者に慌てて敬礼の姿勢を取る。
「………イシウス局長、少しご相談があるのですが。」
腹に肉を携えた口ひげたっぷりの男性。登録情報によると、親衛隊の総務局局長。先程まで昼寝でもしていたのか左の頬に袖のボタンの跡がきれいに3つ並んでいる。
「はっ!なんなりと!」
ビシリと顔も視線も上に向けてその場で直立している。玄関から半分しか体が出ていないので戸に挟まるかたちになっているが。
いつもと違った雰囲気に中にいた数人がワラワラと集まってきた。
「余に警備の訓練を教えてほしいのですが。」
余、もすんなりと言えた。
「はっ!かしこまりました!訓練を…えっ?」
イシウス局長の姿勢が崩れる。
「だめでしょうか?」
「あっそっ、それは…」
明らかに決まりの悪そうな顔をされる。『王』がやるのはやはり問題なのだろうか。
局長は中へと引っ込み近づいてきていた他の者たちとなにか相談し合う。
少し扉の前で待たされた後、こわごわ戸が開かれた。
「そ、それはやはり、我々の日頃の行いに問題があるからでしょうか…」
「いや、それは今は関係…」
「申し訳ありませえん!!」
否定しようとしたところにいきなり滑り込んで局長が手を地面につく。
「わ、我々はいわゆる二軍、というやつなのでございます!現王様もご存知でしょうが!精鋭の親衛隊はただ今遠征に行っておりまして!理由は存じませぬが!どうか、ご容赦を!」
必死に地面に額をこすりつける勢いで謝り倒される。
「すみません、非難するとかそのつもりじゃないんです。」
「えっ?では何を?」
ガバッと顔を上げて現王様のご機嫌を伺う。大一は苦笑いをしていった。
「恥ずかしい話ですが、体を鍛えたくて。良ければ日頃の訓練などを余も一緒に…」
「えっ?」
先程からあまり伝わってそうにない。
「つまり現王様は、訓練をされたいと。」
最初からそういったつもりだ。
「うーん…どうでしょう。」
難しげに腕を組んで悩む様子のイシウス局長。
「駄目でしょうか。」
「いやね、我々は総務局で式典の警備として出されてたとしても、一番得意なことは事務手続きなので…」
なんてことだ、今更ながら自分の身の回りはただの数合わせだったという事実を知って呆れる。
「それに警護の訓練って…基本的にアンドロイドとかに任せていただければ。」
最新ですよ!と歯をくっきり見せて笑う。その最新のアンドロイドは木星の最新アンドロイドより到着が遅れたわけだが。
「あっ現王様はヒューマノイドがお好みですか、なら一軍同様とびきりの美人型に…」
「いえ、大丈夫ですよ。お邪魔しました。」
手を振って大一はその場を後にした。
確かに宮殿の門番は大概アンドロイド。それらが働いたところは見たことがないが、この宮殿内の侵入者は許したことがないとユエはいった。
(なら、どうして本物の『王』はいなくなったんだ。)
事実を完全に隠し通すつもりなのだろう。そのための仮染の王。仕方がないので、検索機を使って武術の教えをビッグデータに乞う。が、まあ出てこない。やり方はわかっても真髄はわからない。
結局やり方の映像が見つかる健康エクササイズのような運動に落ち着いてしまった。
(どんどん妥協していって…。)
気持ちはそんなに明るくなかった。