〈4〉
ルオンが肩をふるわせている。マリーも右に同じく。ドゥニアだけがオロオロしていた。
ルオンとマリーの二人は後からこのプレイルームに駆けつけてきた。どうやら三人で企んでいたことらしく、最初の案内はサプライズのつもりだったらしい。
「…んでっ、では…現王様はずっと現実のことだと…」
プルプルとその柔らかな口元が震えている。ぷっぷっと何度か息が漏れ出ているのは気のせいではない。
「まあさすがに、最初の演出はまずかったですかね…ふふふ…」
マリーも苦笑いを交えながら、今回の計画の反省をしていた。
いきなり話しかけてきた男性は宮殿で力仕事などを担っている者の一人であったため、本当に『王』との面識があったようだ。そのため三人もこの人物なら適切だろうと思って最初の案内役を頼んでいた。『王』の偽物の大一にとっては全く適切ではなかったのだが。
事情を知らないものから見たら完全なる誘拐現場である。
(もしかしたら、ユエも一枚かんでたのか…?)
知り合いであることをユエは気づく様子もなく、そして教えてもくれなかった。
「その…これがお嫌いだったわけじゃないんですよね…?」
いまだに表情を和らげない大一を見て、悪い感情を持たれたのではないかと不安をぬぐえない。ドゥニアは両手を合わせ握ったりすり合わせたりして落ち着かない。
先ほどまでのはプレイルームを利用した仮想空間のタワーオフェンスゲームだそうだ。そんなに難しくないステージで、気持ちよく勝ってもらうつもりだったらしい。敵の拠点を落とせば勝ちだったのだが、どういうわけか大一は逃げの姿勢を崩すことなく、ステージの端のほうへ行きたがるのでドゥニアが必死で行き先を促していたようだ。
状況を飲み込めないままゲームで遊ばされていた。それを大一は現実で起こっていることだと思っていた。質感など、ほぼ本物とそん色はなかったし、あらゆるものから反応が返ってきたせいで順応するのが遅れていた。それに、目を開けたら別の世界、はすでに経験しているせいでゲームだという実感はわきにくい状態だった。
「新作のゲームだそうなので、一緒に遊べたらと…」
サプライズがあまりうまくいかなかったのでドゥニアはしょんぼりする。いやサプライズは逆にうまく行き過ぎたのだ。
「現王様、ドゥニアだけが悪いんじゃないんです。叱るならワタクシたちも。」
あまりご機嫌麗しくない大一の様子を見て取り、ルオンはさっとドゥニアに並んで一緒に頭を下げる。
「いや…」
今回はさすがに肝が冷えた、だがドゥニアは大一にお礼を返したくて必死に考え、ほかの姫たちと相談してまで準備をしてくれていた。当然、怒る気にはなれない。
「俺もよく失敗してるから。」
大一はようやく恥ずかしそうだが笑った。本当のことである。準備不足などではなく、贈る相手とうまくかみ合わないことなど何度も経験してきた。
大一はパシパシと自分の頬を叩くと、進んで今まで映像を見せていたヘッドギアを装着する。側面のボタンを押してゲームを起動した。
「これって一人用なの?」
目元がギアで隠れてうまく三人のほうを向くことはできないが彼女たちに尋ねる。
「リード側とアクション側に分かれるようですね。」
マリーが使用を説明する。リード側、というのがあの光の柱だ。俯瞰視点で確認できるため、移動ポイントをリード側はアクション側に指示をする。また、コマンドの実行をアクション側に指示することができ、それによって強力な技がくりだせる。なお各コマンドはクールタイムが設定されていて再度発動できるようになるまで…。
「ゲームというのはあまり触らないからワタクシたちはわからないんですよね。」
とルオン。
「現王様なら得意かと思って。」
また大一の知らない本物のほうのプロフィールが出てきた。得意とは言わないが大一もゲームぐらいする。特に協力型のゲームを昔は友達と集まって家でやっていた。
「今度は、頑張ってみるよ。じゃあリードはドゥニアにお願いしたいな。」
「え、でもあたしそんなにわからなくて…マリーなら詳しそう。」
おや、いつの間に呼び捨てで…。
「パウカラニ姫、ご指名なのだから、ほら。」
視界の外側で三人の姫たちがキャッキャと譲り合う。今回もドゥニアが操作するようだ。
ゲーム中、アクション側は外からの音がシャットアウトされる。つまり口頭での指示がなくなり、完全にゲーム世界のガイドだよりになる。
また同じようなまっすぐなレーンが広がった。今度は楽しもう。
(ドゥニアたちのために。)
光の柱に駆け寄り、前に見た悪魔の兵隊たちを銀の宝剣で薙ぎ払っていく。今、外で自分はどんな動きをしているのか想像することができなかった。あの脳に埋め込まれた機械が一切働かないのだ。大一はそれに不安を覚えたが、ドゥニアの導きに従って前へ前へと進んでいった。
塔が見える。そこから何か玉のようなものが射出され塔を取り囲む自分の兵たちを攻撃していく。
大一の手が急に熱くなった。これがアクションコマンドの指示らしい。
手をかざすと瞬時に、塔からの攻撃を防げるバリアが展開される。
(これ、さっき知りたかったな…。)
無駄なことを考える余裕すら出てきたようだ。
魔軍の中にやはりいた、黒の戦士。大一は剣を握りしめ強く当たっていった。当然向こうも応戦する。
バーチャルだというのに、金属同士がこすれあうと強く火花が散り、大きな衝撃を受ける。
この剣が強いのだろうが、大一はまるで自分が強くなったように錯覚した。横腹をつつくように敵の兵隊が割って入ってくる。しかし大一はものともせず、飛び上がって兜割り。一薙ぎの回転切り。
八面六臂の活躍である。
(とどめだ!)
体勢を崩した黒の戦士に大一は剣を鋭く突き立てた。宝剣は相手を貫き、戦士はその場に崩れ落ちる。大一はその倒れた背中を見つめていたが数秒後に消え去った。ようやく大一の勝ちである。
そして、塔は倒れた。
「ふぅ、ひとまずクリアかな?」
大一は声に出して周りに聞く。当然今見えているのはゲーム内映像である。クリアしたのだから会話ができても…。反応はない。
「あれ、聞こえてる?聞こえてたらどこかに柱を立ててほしいんだけど…。」
これも反応はなかった。
「みんな?」
あたりの静けさを肌で感じた。大一は不安になりヘッドギアを外そうと首元に手を伸ばした。
それよりも早く何者かに体を揺さぶられる。
「えっなに!?」
まだサプライズの続きだろうか。そうではなさそうだ。
大一は頭を引っこ抜くようにしてゲーム機を取り外す。
目の前に待っていたのは一列に並ぶ武装したアンドロイドたちであった。