〈3〉
目を覚ますとそこはまだ一本道の戦場だった。話にならない。
ただ直前の記憶と食い違うのは、最初にいた地点に戻ってきていたということだ。また光の柱が立っている。
対地は辺りを見渡した。この道から外れられるか…淡い期待をしたもののどうも難しいようだ。壁が道を挟むようにしてズラッと伸びている。
(いや、やってみるしか…。)
壁をよじ登ろうというのである。
そびえ立つ壁に近づいて引っかかるところがないか探す。ミリ単位のズレ…もなさそうである。レンガ上の隙間に爪を立てようと目論むもののとてもじゃないが全身を支えられるはずがない。
(そうだ!この剣で…!)
両手で柄をしっかり握りしめ思い切り宝剣を壁に突き立てる。
しかしビクともしない。
「うぐぐ…」
そうやって壁の近くで右往左往していると光の柱が主張を強めてきた。どうやらこちらへ来いと言っているようだ。
今は従うべきか…。肩を落としてそちらへと向かっていった。
大一は目を見張る。
先程の悪魔の軍勢が近づいてきているのだ。
しかもその中に一回り大柄の顔色の悪い黒い甲冑の男。
(あっ、これ駄目だ…)
さっさと逃げようとする大一。
だが。
大一をとらえた黒の男が空間を飛び越える勢いで距離を詰めてきた。
(…!?)
向こうは槍を携えている。こちらよりも遥かに強そうに思えた。光の柱も退却を促す。
(走ろうと思ってるんだけど…。)
ひと薙ぎであった。
大一はその一瞬を思い返すことなく気を失った。
目が覚める。
また同じ景色。
しかし先程の軍勢がいよいよ最初の位置から見えるようになってきた。光の柱も必死そうに輝く。
魔軍の侵攻が止まった。いや、大一の立つ位置から十数メートル先に結界、というのか薄いベールのようなものに阻まれていた。
(あっ、この隙に…)
大一はなりふり構わず逃げ出す決意を固める。突破口を探すため、あたりを見回すと、嬉しくないものが目についた。
ベールの発生装置である。
右端と左端に一基ずつ。今まさに悪魔たちに攻撃されているところである。
あれが壊れたらまずい。小さな兵隊たちもポカポカと悪魔たちに果敢に立ち向かっていく。光の柱は右端に向かうように支持を出していた。たしかに劣勢である。だがそこにいる黒い影。
(いやいやいや無理でしょ!)
大一は左へ走った。
向かったは良いが何をすれば…。
相手の数人がこちらに気づく。だがベールのむこう側にいる大一には攻撃は通らない。ひとまず安心したところに、
バキバキと何かが崩壊した音が聞こえた。ベールが少し薄くなる。相手がこちらへ侵入し始めた。
もう大一はがむしゃらに剣を振るうしかなくなった。
イヤイヤとまるで駄々っ子の動きである。
だがその刃は悪魔の一匹を斬り伏せた。
手元に嫌な感触が返ってくる。大一は立ちすくんだ。
「あっ…」
殺した。俺は人を殺した。
脂汗が垂れる。呼吸は乱れ動悸がやまない。頭の先から血の気が引くのをはっきり感じてしまう。脳は体とは裏腹に皮肉なほど冷静だった。誘拐されて、人殺しまでした。これは二度と人の生活には戻れないことを意味する。
みんな。これまで過ごしたほんの短い時間なのに大きな波になって押し寄せる。
大一は泣いた。
「ちょっ…げ、現王様!?」
誰かに体をゆすられる。どこかで聞いたような…目元から何かを外された。
「……?」
広々とした一室。仄かなライト。カーテンはきちっと閉められていて整えられている。血生臭さはどこにも感じられなかった。
大一は震える手を見る。
「現王様、現王様。」
胸が張り裂けそうなほど苦しそうな声がする。
「ドゥ…ニア?」
ドゥニア・パウカラニ。小柄ではつらつとした彼女が泣きそうになって大一の体を揺さぶっていた。
「今のは嫌でしたか…?どうしたんですか…?何故泣いて…。」
ドゥニアが頬をこすってくれる。
大一はまだ夢を見ているみたいでぼうっとしていた。