〈1〉
今日はいかがされましたか。廊下で出会う人、出会う人にそう聞かれる。あれから、一人で悩むのをやめた大一は少しでも姫たちと過ごそうと毎日思案に明け暮れている。本当のところは今すぐにでも彼女たちの部屋の戸を叩いて二人っきりで過ごしながら好きなものややりたいことを聞いたりしたいところなのだが、どういうわけだか、ルオンもマリーもシーラもドゥニアも部屋にはあげてくれない。
扉横のドアモニター越しに少し会話をして申し訳なさそうに断られるだけであった。
「なれないことするもんじゃないのか…。」
もしかしたらハタから見たら軽薄なのかもしれない。他の姫がダメだったからすぐに次の姫の元へ行こうとするのは。そもそも女子の部屋に元の世界ですら入ったことがなかったのに、大一自身としては大きな冒険になるのだが、いまだ果たせていないのである。
「まああげてもらったところで緊張しちゃって何もできないだろうからこれはこれでいいのかもな…。」
このようにぶつぶつと寂しそうな表情をしているものだから、先のようなことを通り過ぎる侍女従者たちにうかがわれていたようだ。
イブの部屋にはまだ行っていない。この前のタワーでのこともあって近づくだけで顔が赤くなるのに悩まされている。結局一人で、どうしよう、どうしようとふらふら歩いて回っているだけであった。
(何も変わってない気がする…。)
「現王様!現王様!」
突然通路の向こうからかけて誰かがやってきた。
大一はぐわんと、丸まっていた体を起こして駆け寄る相手をじっと見る。物悲しい気分のところに自分を呼ぶものが現れうれしかったのだろう。
しかし見つめてみたが本当に誰だかわからない。ただ、かっちりとした男性である。
「お探ししましたよ現王様。ではいざ参りましょう。」
近づくや否や筋肉質な腕で大一をつかみどこかへか連れて行こうとする。あまりの情報量の少なさに大一は恐怖した。
「あの、どちら様…。」
人を見ても検索機が働かない。だんだんそのルールが大一にはわかっていた。
例えば世間的有名な政治家、スポーツマン、世の中に広く顔が知れている人物は学習機能ドライブが合致する情報を持ってきて来る。ただユエなどの職員、『王』のためだけの姫たち、そのあたりを歩いている従業員などは、名簿等をインストールしないと検索機は調べられない。
つまり、世の中に良かれ悪しかれ影響のありそうな人物ではなく、『王』の知り合いであると結論付けられる。ただ、それが分かったところで現状は解決しない。
「どちら様って、またご冗談を。」
ちょっとしたジョークだと思って無遠慮に笑い飛ばすその様から、どうやらかなり近しい間柄のようだ。これは非常に困った。大一は急いでユエの端末に回線をつなぐ。
コール…ユエ・コノエ・ヒトエ…
「いかがいたしました。」
以前のように音は響かないので入浴中ではなかったようだ。ほっと安心したのもつかの間、謎の知り合いは大一の腕をとったままずんずんと先へ進んでいってしまう。歩調が合わず、慌てて足を動かしていく。
ユエに聞いている内容を聴かれてはぼろが出てしまう、大一は試しに文字を思い浮かべた。
(彼がいきなりやってきて、声をかけられたと思ったら、いきなりこんな状況なんだけど…これはどなた?)
一文字一文字、はっきりと脳に鉛筆で書くようなイメージをする。もしかしたら、文字が画像データになってユエに届くかもしれない。
「なるほど。その男性をしっかり目でとらえていただけますか?」
伝わった!大一は窮地を救われた思いであった。
穴のあくほど、この男の背を見つめる。びしっとしたフォーマルスーツ(としてこの世界で使われている服装)に身を包み、背広は横に大きく張っている。健康的な印象だ。後ろ髪は刈り上げられて短くこざっぱりとしている。ちゃんと話し合えばきっといい関係を築けそうではある。
「顔を見ないことには。」
(どうすれば…。)
「引き留めてください。」
大一はうなずく。
「あ、ちょっと待ってもらっていい…ですか?」
「急ぎですから話しながら参りましょう。」
男は振り返りもせずカッカと笑った。
(強引なんだけど。)
「後ろに強く引き倒しましょう。」
ぐいぐいと大一はかかとで踏ん張ってみる。だがかかとは廊下をがりがりと滑るだけでびくともしなかった。
(無理無理、強すぎる!)
「タイタン人ではなさそうですが、現王様も体を鍛えたほうがよろしいですかね。」
(今そんな話してねえんですよ。)
ユエの応答に口が悪くなる。
やがて彼の大きな背の横からちらちらと外が見えてくる。まずい、どこに連れていかれるのだろう。
(ユエ、助けを呼んでくれない?!)
「手配済みです。」
さすがにこういう時は動いてくれる。少しだけ安心した。
「きょっ、今日はぁ、どこ行くんだっけ!忘れっちゃってさあ!」
同性ということはあるが意識してフランクに話してみた。焦っているせいで所々言葉が間延びしてしまっているが。
「いや、それ、お答えできませんよ。」
にべもない。しかもなぜか苦笑された。
「あ、そろそろこれしないとですね。」
男が左手から黒い目隠しを取り出す。布製ではなく、アイウォッシャーのようないかつい三日月形の目元にかけるものだ。
大一は戦慄する。
(俺、今誘拐されてない?!)
ユエに叫んだつもりだったが、いつの間にか通信が途切れている。顔の広い、屈強な男がようやくこちらに振り返り、にこやかにその手に持った目隠しを近づけてきた。ぶんぶんと首を動かして助けが来るまでのむなしい時間稼ぎをするが、本当に一瞬で終わった。頭のってっぺん抑え片手で首を固定された。有無を言わさずその目隠しをバシッと取り付けられる。
「たす―!」
声がはじける寸でのところで口に何かを噛まされた。




