〈4〉
イブがこちらを見つめてきている。先程のような、相手を求めるような眼差しではなく、うっとりとした穏やかな表情だ。
「…それで。よろしければ現王様の悩みの種を、お聞かせ願えますか?」
大一の悩み。その一人が今目の前に悠然とくつろいでいる。なかなか言葉にして言い出しにくそうな大一。
「私のことは信用できませんか?」
「そんなことない。ただ…」
「悩みに私が関係している、と。」
「…そこまでわかるの?」
その様子でわからない方がおかしい、とイブが笑ってみせる。
「せっかく本人がここにいるんですから、おっしゃってください。」
「え、それは…。」
本人の希望を本人に聞くというのがどうも大一はまだ慣れていないようだった。大一はあまり成長できていないのだろうか。
「正直に申しあげますと、現王様。」
「は、はい。」
仰向けになりながらその場で姿勢を正す。
「頭を悩ませているのは貸しについてのお悩みだと、私は推測します。」
イブは急に手を取ると大一を組み伏した。四つん這いになって大一に覆いかぶさる。
「私の希望はさっさと私を正妻に選ぶこと、なのですが。」
大きく広げられた胸元が大一の眼前まで迫る。思わず目を背けた。
「くくく…それはまだ早そうですし、ローズマリーとのダンスを手伝ったお返しとしては釣り合いが取りませんよね。」
ふっとイブが起き上がって視界の外へ出ていく。
「現王様は、以前私達全員を幸せにする、とおっしゃられたとか。」
ルオンに話したことだ。
「それで簡単に相手を選べなくなり、ご自分で枷をはめられてしまった。だから私達に希望も聞けないし借りを返せない。そうではないですか?」
間違ってない。が、相手はそもそも最初から選べない、そして更にその上からシーラが釘を刺してきている。
「その、さ。イブはどうして俺の悩みが知りたいの?」
話をはぐらかされてイブの表情が曇る。だがこのような大一が質問をする以上、自分の本心から明けるのが筋かもしれないと、自身を納得させた。
「私、現王様に頼られたいの。」
そこに打算がないわけではない。ただ、『王』が、人生の伴侶が苦しんでいるところに、手を差し伸べたい。その想いが根底にあった。
真剣な眼差しに大一もようやくうなずいた。自分の悩みというものを一つずつ話していく。
イブはその姿に安心して大一の話に耳を傾けていた。
だが話をすればするほど、イブの表情は険しく、眉間にシワが集まっていく。機嫌を損ねただろうか。シーラのお願いの話はまずかっただろうか。
「あの…」
おそるおそる手を伸ばすと、イブはそれに答えるようにして手を握り返したが、
「だはぁぁぁぁ…」
本日二度目の大きなため息である。大一は萎縮した。
「現王様、今日で私の中の評価がだだっ下がりです。」
ニギニギとつないだ手を揉むようしてイブが話す。
「それではいつまで経ってもみんなを幸せに〜なんて無理ですわ。」
「ご、ごめ…」
「理由もわかってないのにとりあえず謝らない!」
ピシャリとイブが言い放つ。
「贈り物は本人に聞けばいいじゃないですか。自分がしてほしいことはちゃんと伝えればいいじゃないですか。」
「……」
「まず現王様はとんでもない次元で女性慣れされてません。よく女好き、など言えましたね。」
それを言ったのは本物の方である。でも仕方ないじゃないか。
「仕方のないことですよ経験のなさは。」
まるで心を読んだかのような話し方をイブにされる。
「でもそれなら、一人で悩むのは間違ってせんか。答えが出ますか?それで。ネットで情報収集でもしますか?」
それはもうしていた。女の子が喜ぶことだとか、一緒にできるレクリエーションとか、仲直りのさせ方とか…だがどれも決め手にかけていたので決められずにこの、イブに怒られる状況が出来上がっている。
これほどまでイブに激しく見つめられたことがあっただろうか。
「一生懸命、私を思い浮かべて悩んでくれるのはそれはそれで嬉しいけど、答えが出ないのに悩んでいるのは愚かです。」
本人に直接聞けないなら、他の人に聞く。なぜこれができなかったのか。
「現王様は私達を信用してないのですか。」
「そんなわけない。」
「だったら」イブが笑顔に戻る。「5人もいるんです。一緒に考えましょう?」
大一は反省した。サプライズが得意なわけでもないのに、何も調べないで相手への返答を考えるのは、独りよがりに過ぎない。
髪飾りだって彼女たちの顔をじっくり眺めて決めた、ダンスだって一緒に踊れるようになりたくてお願いした。少しずつわかってきていたはずなのに。
ユエにもたしか同じようなことを言われた。あそこで気づけていれば彼女をがっかりさせることはなかった。
大一は体を起こした。うつむくその隣にピッタリとイブが体を寄せる。
「現王様、これからはどうでもいいことで悩まないでいただけますか。」
俺にはどうでもいいことではなかったのだけれど、よくよく整理をしてみるとたしかにイブの言うとおりかもしれない。
「うん、ごめん。説教なんて嫌なことさせちゃって。」
イブが一瞬意外そうな顔になった。
「嫌だなんて。むしろ嬉しいくらい。」
「え?それどういうこと。」
「だって、現王様とこれで対等になれた気がしますもの。」
大一の肩に頬を寄せる。先程よりもさらに体は近くなる。焦げたような彼女の肌が熱っぽい。
「対等?」
「はい、私が望む夫婦の関係です。」
そういうとイブは。
大一の頬に彼女の唇が触れた。
「ふふ、これで貸しは返していただいたことにしてさしあげましょう。」
トットッとどちらのものだかわからない胸の鼓動がする。
「ここでのことは、私達だけの秘密ですよ。」
そう言ってイブはペロリと唇を舐めた。
軽く大一の肩を叩いて立ち上がる。そそくさとクッションをしまうとそのまま一人で移動用のパネルから去っていく。さり際に、
「そうそう、息するのは忘れないでくださいね?」
と一言笑って地上へと戻っていった。
ほのかに残る彼女の香りを右の頬のあたりに感じた。




