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地球の王のクイーンアソート  作者: アホイヨーソロー
天に一番高い塔
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〈3〉

「お顔が真っ赤…」

 イブは妖艶な笑みを絶やすことなく大一の顔に触れ続ける。指の腹で頬を軽くなぞるち指の跡を熱く感じてしまう。

 すべての音が外に漏れ出してしまいそうで、強い心音が全身を打ち鳴らす。大一の口内は次第に乾いていき、潤いを渇望していた。フルフルと小刻みに体が揺れている。

「かっ…はっ!」

「!?」

 突然大一が目を見開いて飛び上がる。イブはそれに驚いてそれまでの甘い雰囲気もどこへやら、瞬時に身をすくめた。

「が…ハッー!ハッー!」

 大きく肩で息をする大一。ただ事ではない様子にイブも慌てて大一に声をかける。

「現王様!?いかがされましたかっ!現王様!」

 ギュッと大一の手を取って体を揺らす。

 だがそれも長くは続かなかった。

「はぁ…はっ…ごめん、ありがとうイブ…。」

 呼吸を落ち着けた大一が身体をさするイブに礼を言った。手の平を彼女に向けてふらふらと大丈夫であることをアピールする。イブは何が起こったのかと気が気ではない。不安げな表情で大一の顔を覗き込む。

「今のは一体…現王様お体の方は。」

「いや…」大一は首を振って苦笑いをする。「緊張し過ぎて…息するの忘れてた。」

 室内が一気に静まり返った。心なしか気温がぐっと下がったようだ。

「はぁああああ…」イブが長く大きなため息をつく。

「まったく…驚かさないでくださいませ。息するの忘れたって、見とれていたことの比喩じゃなくて本当にそうなのですか?」

「そう…」

 イブはほおを赤らめてうつむく大一にあきれて笑う。

「現王様ったら…免疫がなさすぎるのも困りものですね。」

「ごめんなさい…」

「本当ですよ、ムードもぶち壊しです。」

 イブがクッションに横になって頬杖をつく。先ほどのことを思うと大一は申し訳なくて彼女をまっすぐ見つめることができない。

「現王様は、女好きだとうかがってましたのに…あまりに反応が無垢すぎますわ。年相応の性的欲求の出し方がわからないんですか?」

 彼女の話し方は大一を責めるようなつもりはないらしい。ただ、男としてこれはどうなの?という質問である。

「その。」大一は応えた。

「女の子と付き合ったことすらなくて、意識して手をつないだのも抱き着かれたのもみんなと会ってからが初めてで…。」

「いままで一度も誰かに恋をしたことがないと?」

 いや違う片思いはした。元の世界で一度。そう考えるのと一緒に思い出したくない思い出が浮かび上がってきた。

 大一はイブの問いにかろうじて首を横に振るしかなかった。

「初恋はされている、と…。ふぅん。ちなみにその方に愛をささやかれたことは?」

 大一の初恋がどういう結末だったかなどイブは知る由もない。黙ったままだとお互いが気まずくなるだけなので、こうやって話をすることで場を和ませようという彼女なりの思いやりである。

 この問いにも首を横に振った。

「まあ、敵わぬ恋、だったわけですね。」

 そうだった。敵わなかったのは恋愛というより、恋敵がいたことだけれども。

「現王様は自分の職務を全うされるために、その方へ挑戦されることをあきらめたのですか?」

「いや…最初から勝負になってなかった…」

 悔しさが今になってこみあげてくる。自分のふがいなさにも輪をかけて腹が立つ。そして今こうやって、イブに慰められているのも。大一はいつの間にか震えていた。

 だが、大一の肩に手が添えられる。

「呼吸するの、忘れないでくださいね。」

 イブが大一の顔をのぞきこむ。全く、緊張したり焦ったり沈んだり忙しい方ですね。イブは笑った。

 大一もからかわれて笑ってしまう。

「やっと笑っていただけました。私、他の女の話なんて本当はしたくなかったんですけどね。」

 何かを掃うような軽い手ぶりをしてみせる。

 大一はやっとのことでイブの横たわるクッションへともたれることができた。

「…現王様は何をしにこちらへ?空を眺めたかったのですか?」

「考え事をしてて。わけわかんなくなったって言ったらユエにここを勧められて…」

 大一は疲れたように体を伸ばした。天井を仰いでその経緯をぶつぶつとしゃべる。イブはそれをちゃんと聞いてくれた。

「………。」

 話し終わるとイブが黙っていることに気づく。

(面白くない話だもんな、黙るのもしょうがない。)

 盛り上げ力のなさが顕著に出る。だが、理由は別のことにあった。

「現王様のお考え事は気になりますが、その前に、ご自分の話ばかりではなく、こういう時はこう聞くといいですよ?『それで、イブは何をしにここへ?』」

 まさかの会話のダメ出し。

「…そ、『それで、イブは何をしにここへ』?」

「私用が終わったので暇を持て余していたところに、うつむいてタワーへ向かう現王様をお見掛けしましたので。こっそり後を付けたんですよ?」

 そうだったのか、いつから側にいたんだろう。

「ほら、次は『いつの間に来たの?』ですよ。」

「う…『いつの間に来たの』?」

 とんだ茶番である。

「現王様が酔い止めを一気に飲まれているときに、後ろに来ていました。クッションはその時、常備している携帯用のを広げまして。」

 なるほど、この会合はだれかが仕組んだわけではなくイブの興味によるものだった。

「あれ、なんで酔い止めだってしってるの?」

 イブは満足そうにうなずく。

「長距離ワープされた時は必ず、歪み酔のお薬が出るようになっていますからね。」

 歪み酔いというのはそれほど珍しい症状ではないのか。格好悪い姿をさらしていたところはどうか目をつぶってほしい。

「イブは平気だったの?」

「心配してくださってるのですか?お忘れですか私は空の上の雲の中に住む金星の者ですよ?長距離ワープぐらい日常的ですわ。」

「そうか、それもそうだね。」

 お互いに声を掛け合ってようやく落ち着いてきた。二人で横になっていることも徐々に慣れてきて、個のへの空気を肌で感じられるようになった。

 イブが息をすると、それがクッションに伝わって大一をかすかに揺らす。

 このクッション、中はハワという軽くて柔らかい何かの体毛が入っていて、身を投げ出すと全身が飲み込まれてしまうほどである。

「空の上にいるみたい…」

 月並みだが、あまりの心地よさに大一はつぶやいてしまった。

 くすくす。

「現王様、だいぶリラックスされていらっしゃいますね?」

 イブが口元に手を当てる。

「あ、いやその…」

「はずかしがらずとも。」

 しばらくの間二人きりで横になって過ごしていた。

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