〈4〉
主天至上主義というか、その教義において男女の肉体的な交わりは、心の交わりを経てなせるものらしい。
教えを正しく守るシーラにとって、『王』が他の姫と交わり続ける中、自分だけ触れられないのは、正室争いで非常に不利に働く。また、心の交わりを経ない体の付き合いは不浄なものとしてシーラの目に映ってしまうようだった。
「その、木星正教のルールを守ってほしいということ、なんだね?」
「その通りでございます。現王様にはわかっていただけると思っていました。」
シーラはそう言って胸をなでおろす仕草をする。事前に姫に伝えられている『王』の情報からは、無茶な要求を飲んでくれるような印象はないはずだが…。
「正直に話すと、実はまだ一度もみんなを部屋に招いたことはないんだよ。」
「えっ?」
シーラにとって意外な事実が判明し、驚いたようだ。
「ということはつまり…」
「誰ともそういったことは。」
手をつなぐことすらまだまだ難しいことだ。
「すばらしい!」
喜んで椅子から立ち上がりパンパンと手を叩いた。
「現王様の信仰にもそういった穢を避けるものがあるのですね。どうぞこれからも続けてください。健全な心を育まれますよう。」
対して大一はあまり喜ばなかった。
「一つ、いい?」
「はい、なんでしょう。」
満面の笑みでシーラが控える。
「もしも、俺がみんなの伝え聞いてたとおり、女の子にだらしない男だったらどう説得するつもりだったの?」
「?」
大一は少し責めるような言い方をしている。
つまり今回の彼女の申し出、大一はこう解釈した。
(シーラとは一緒に夜を過ごせないから、他の人とも過ごせなくする。こんなこと頼むのは自分勝手じゃないか?)
全員に同じぐらいのハンデを背負わせることと、大一が誰も選ばないのは違う。
「噂通りだったら多分いきなり言われても、それを達成できそうにないし…それにそうやってお願いを受け入れないことで、シーラを裏切り続けることになるんだけど。」
それが大一の一番避けたいことだった。せっかく宇宙から来たのに悲しい思いはさせたくない。大一にはいつからかそんな使命感が芽生え始めていた。
「意地悪な言い方してごめん。シーラが『王』を大切にしたいっていうのはよく伝わった。シーラのお願いも叶えてみせる。ただそれは――」
「木星正教の教えに従うからではない、と。」
そうだと大一は返した。
「これからみんなで過ごしていくんだから。少しでも楽しくさせたい。」
大一は椅子から起き上がり、ごく自然にシーラに手を差し伸べた。
「そろそろ冷えるからもう帰ろう。ここまで付き合ってくれてありがとう。」
付き合わせたのはシーラの方だが。そんなことは今の大一にはどうでもいいことである。
水しぶきが夜風を一層冷たいものにする。お互い少し水分で髪から靴までしっとりとしていた。
シーラは大一の手を取らずに立ち上がって話す。
「私は椅子を片付けますので、先にお休みください。」
「あ、なら、俺も一緒に。」
「いえ、お構いなく。」
シーラは首を横に振って断った。
そう言われては、大一も強引にはいけない。おやすみ。と一言告げて一人で自室に戻っていった。
「『みんなで』?『楽しく』?…正妻は一人なのですよ、現王様…。」
立ち去る彼の背に、届くかわからない声でシーラがつぶやいた。




