(6)
未来の医療技術は素晴らしい!病死、事故死はもはや過去のもの、老衰だけが人類の死因。メディカルフューチャーはここにある!百年前に問題になったCMらしい。こうやって大一が何をしなくとも、ユエがそっとこめかみに手を触れるだけで情報が手に入る。
「つまり魂というのは存在しないわけです。技術を使えば肉体の限界を迎えるまでは活動することができます。ただ。」
「あなたの時代では『死』は恐ろしい存在だったんですね。」
大一の肩が震える。目線は地に落ち立っていることもままならない。ユエが倒れないようにしっかりと大一の体を支える。
「安心してください。あなたの時代ならこう考えると多少気が楽になりますよ。」
ユエが優しい言葉を投げかけてくる。今までと同じだとすると、無表情のままで優しいのは言葉だけだ。
「あなたは未来という自分の知っている世界とは『異なる世界』に『転生された』と。」
「うるせえ!!!!」
いきなり血が沸き上がった。代寺大一という男の人生をもてあそばれた。こんな人生は違う!大一はそれでもまだ支えようとするユエを払いのけてその卵の殻に向かって突撃した。
「あっ。」
ユエは叫び、とっさに端末をいじる。瞬間、巻き上げるようなモーター音とともに殻の壁が開かれた。大一は飛び出す。しかしユエは追いかけようとはせずに、じっとその去っていく背を見つめていた。
俺は生きてる。
バクバクと心臓の音が全身を鳴らす。額から汗が噴き出る。足を振り上げ腕をがむしゃらに振り回す。
「違う…違う!」
治療室からでた大一の目に飛び込んできたものは先ほど部屋で流されていた映像そのもの。はるか遠くに見える空中を移動する乗り物、パイプチューブ。まぶしいぐらいの太陽の光が小さく見えるビル街から跳ね返って差し込んでくる。あそこをオフィス街だとすると少し離れたところにこの建物はあるようだ。だがこんなものは。
「夢だろ、夢なんだよなあ!」
駆けずり回りながら絶望に似た叫び声をあげる。それでも必死に星の欠片を探す。自分の見知った地球の欠片。もはや自分がどこを通っているかなど関係ない。学校の廊下に似た長い通路にも、どちらが上か下かわからない形の明かりが灯され、「いかがされましたか!」と横切った人からこの世界の言葉で呼ばれても、赤く燃えるような肌を見て立ち去る。
この世界の道は本当に走りにくい。汚れがわかりやすいのか妙につるつるとした材質が多い。大一は二、三度顔面からこけたせいで、その額から汗と血が混じって流れている。
「俺は生きてる!」
建物全体に響くくらいの絶叫。もはや錯乱状態は頂点に達し、目が血走っている。何度目かの盛大なスリップで体を強く打った。大一はその場で動けなくなってしまった。
「…っ…くぅ…」
あそこでフラれてからひどい目に遭い続けている。自分でも驚くぐらい激情にかられる回数が多い。どちらの方が絶望度が高かったか…。悲しい笑い声が口から洩れる。
朦朧とする大一は耳に何かがかすかに聞こえてきた。
水が落ちる音。
何かのさえずり。
「外か?!」
ガバリともう一度起き上がった。今度は静かにこすれる足音すら消して、耳を澄ます。
この通路の奥から。
心地のいい水音。
手繰り寄せるようにして、一歩一歩その音の方へ歩いていく。