〈4〉
両腕が強く圧迫される。ギリギリと締め付けてくるのは乙女のハグの域を越えている。たまらず大一は「んぐぐ」と我慢の声を漏らした。しかしドゥニアは気づくことはない。夢中になって抱擁を楽しんでいるようだ。
さすがは『王』の警備兵。止めに入っていいのかわからずオロオロするだけで誰一人大一の身を守ろうとする者はない。
「タイタンの姫君様。そろそろそれぐらいになされては?」
ようやくユエが遠くから呼びかけてくれた。
ドゥニアは驚いてパッと離れた。急激な開放感と体内の血流を強く感じる。
「ごめんなさい!現王様に会えたのが嬉しくて。」
「そんなに嬉しかった?……ですか?」
いま腕をさすっては彼女も傷つくかもしれない。体をいたわるのは後回しにした。
大一から声をかけたからかドゥニアは更に喜ぶ。どうやら言葉を交わすだけではしゃいでしまうようだ。
「もちろん!あたし、ずっと夢見てたんです。地球に来られるの!」
両手を体のまえで強く握りしめて振り上げる。
土星と地球の位置関係上、都合よくその渡航する機会が来るのは稀である。加えて土星のテラフォーミング地域はタイタン。その星は特に輸送が難しいので、自給自足を余儀なくされている。衛生開発の構想段階から交易が難しくなることが予想されたため、初期投資は他の星を遥かに凌ぐ額だった。
そもそもタイタンに白羽の矢が立ったのも、偶然星同士の衝突が起こり、地表の氷が溶けて大気へと変わる可能性が高かったからである。
タイタン開墾は困難を極めていた。有毒ガス、放射性物質の問題、なかなか届かない太陽の光…上げていけばきりがない。それを初期投資の中でなんとかやりくりをしなくてはならなかった。
「それもこれも…地球のおかげなんです。」
しばらくしてあまりにも過酷な環境整備事業を推進するため地球も度重なる支援を行っていった。太陽を模した人工太陽もタイタンと地球の共同開発によるものだ。こうした浅からぬ縁だからこそ、数百年経った今でもタイタン人は地球人のことを兄弟のように慕っているのだ。
そう彼女が目の前で話してくれていることはすべて検索でも出てきた。
「はぁ…。」
うっとりとして大一を見つめてくる。幼さの抜けない顔にクリクリとした目と癖の残るこげ茶の髪が見るものの目に愛らしく映る。
「現王様。私の話も聞いていただいて構わないでしょうか。」
ズイとドゥニアの横にすすんで並ぶカリストの姫シーラ。
「あっごめん!無視とかそういうわけではないんだ!」
「さきのは無視されていたとしても構いません。これから私の話を聞いていただけますね。」
シーラからも別のタイプの圧を感じる。大一はひるんでいられない。背の高い彼女を挑むように見上げて返した。
「うん。お願い…します。でもここでずっと立ち話ではお二人共疲れてしまうでしょうから、まずは応接間で。」
「かしこまりましたわ。」
「はーい。」
どちらも気の入った返事だった。