(2)
大一は三人全員と踊るつもりだった。舞踏会の楽曲の切り替え時にパートナーチェンジをすることはできなくない。そしてパーティのトリにマリーを選ぶというのが大一の目的だった。
「なにも律儀に順番を守らずともいいですのに。」
先の踊りの最中にルオンにもそう言われたが、金星の靴を履き、ルオンの銃砲から発射されて空中でイブにキャッチされるという流れを変えることができなかった。
「ルオンにもイブにも協力をお願いしてて、それはできないよ。」
「やっぱり真面目ですわね。」
一緒に踊っているイブが言う。
空中で踊る二人を少し羨ましそうに地上で踊る人々がちらちらと見てくる。
大一は空を踏むこの不思議な感覚を楽しみつつも、時々下を見下ろして何かを探す仕草をした。
「怖いですか?」
イブがからかってくる。
「いやそっちじゃなくて…」
わかっております、といってイブが頷く。
「でも私との踊りの最中に他の女の子のことを思い浮かべるなんて失礼しちゃいますわ。」
「あっそういうつもりじゃ。」
それもわかっております、とイブが答える。
「大丈夫、ル・ルオンがホール中央にローズマリーを連れてきますから。それに向かって前のように宙を駆け下りたらいいんですよ。だから――。」
ぐいっと引き寄せられた。目と鼻が触れ合うほど近くで見つめられる。
「今は私を見て。」
イブの妖艶な笑み。体が熱い。それから大一とイブはお互い一言も交わさず、ただただ相手を見つめ続けてふわりふわりと舞い踊った。
「さて、そろそろですね。」
楽曲の終わりを感じ、ホールに残っていたルオンが手はず通りにマリーを連れてこようとする。だがキョロキョロと周りを見回しているのに、ついさっき近くまで来ていたマリーの姿が見つからない。
(あら?一体どこへ…?)
現王様が仰られた今日の主目的は他ならぬ彼女である。もしかして大衆の前で振られてしまったせいで落ち込んでいるのだろうか。
付き合いは長くはないが、現王様に似て真面目な性格をしているの彼女の言動から薄々感じている。本来はよく気の回るしっかりとした女性のはずだろうに、イブのような方向性で求愛するのがルオンには面白かった。
(なれないことをして失敗なされて落ち込んで……どなたかにそっくりですね。)
ルオンはこんな時もあろうかと襟の裏に仕込んでいた端末を使って従者にコールをかけた。
「親衛隊のみなさま。火星の姫のマリー様がいずこかに消え失せあそばれました。大至急捜索を願います。」
ドローンによる捜索。一人一台、無線操縦で消音ホバリング機能のついたスカウトモデルを使う。なお要人が集まるような会場には当然のように強力な妨害電波が垂れ流されている。
「少々安定しませんが探索自体に支障はございません。」
ルオンの個人端末から親衛隊の声が聞こえる。
「…よろしい。現王様のお願いですもの、最善を尽くしますよ!」
「はい!」
そういってスカートの裾を持ち上げてパタパタと会場内をかけていった。
「あれ、ルオンがホールから出てった…?」
空から彼女の頭の外へと向かう様が見えた。
「こら、またよそ見されて…。」
存在をアピールするように強く強く抱きしめられる。もはや基礎的なダンスはルオンと練習したよりも密着した、チークダンスに変わっていた。今日のイブは見上げられたときのことを考えて、体のラインを強調するタイトなズボンを履いている。自分の足に彼女の足が絡められる度に体がピクピクと反応してしまう。
イブの呼吸を感じる。リラックスしてるような、そんな時のトクトクと小さくゆっくりとした鼓動。対して大一はバクバクである。
外骨格が間にあってよかった。なんとなく冷静さを完全に失わないで済んでいるのはこれのおかげだろう。音楽はもう終わるスンデ、といったところだ。
「………ね、現王様。」
ホールに響く音楽が遠くなる。不思議な静けさを大一はその時感じた。
イブがゆっくりと首を軽く傾けた。少し唇が開いて生温かい呼気を吹きかけられる。徐々に彼女の顔が吸い寄せられてきた。
「あっ、そっ!そろそろ終わるみたいだから!」
慌てて平静を保とうとする大一。
「全く意地悪ですね、現王様は。」
パクパクと緊張が限界を迎えそうな大一の顔を愛おしそうに撫でる。
「今回の貸しはちゃあんと返してもらいますからね?」
イブは軽く笑って大一から体を解いた。
思いの外マリーは早く見つかった。見つけたのはルオン本人。ダンスホールを出た、立食コーナーで一人食事を摂る赤髪の少女は見逃せるはずがなかった。
「ささ、マリー様。ホールで現王様がお待ちですよ。」
「え?」
にこやかに迎えるルオンとは対称的なキョトンとした顔のマリー。手に持っていた火星コロニー産の魚のフライをサクサク食べる。
「いかがされたのですか?」
あまりにも淡白な反応にルオンは戸惑った。
「いや、その。私は踊らなくても…」
「え?」
ルオンもキョトンとした。