(1)
内心ほっとしているようなしていないような。
目の前のすごい剣幕の母に頭を下げながら、私は会場の隅っこでパーティを過ごしています。ローズマリー・サンドラ・ヴィクトレアです。
やり方は強引だけど、あの現王様なら空気に流され私を選ぶ可能性もなくはないと思い、母の作戦に乗ってみたた。さすがに十七年(地球歴換算)も一緒にいたのだから、目配せだけでそれぐらいは伝わってきてたから。
「あのお膳立てで選ばれないとはどういうことなのですか!?」
母は大変オカンムリのご様子。
「どれだけ嫌われれば、あの水星のこむ…姫君を優先されることになるのですか!?」
現王様はスルカ姫をお選びになられた。もちろん私には一言、「ごめん」と言っていただけたわけだけど。
「まさかあれほどいったのに態度に出ていたのではないでしょうね!」
私はご存知の通り『王』が嫌い。火星元首を母に持つ以上私が候補者になるのは当然だったけど、そのことを告げられて『王』の人となりを知って…そこからだいぶ駄々をこねた気がする。
「火星開発の予算を何としても捻出しなければならないときにあなたがこの状態では…きちんと色仕掛けと男を堕とすテクニックはレッスンはしていただいたはずですよね?」
もちろん試してたけど効果なかったよ…。正直なところ莫大なレッスン代の無駄だった気がするとは口が裂けても言えない。ザハブパトラ姫にご教授いただいた方がまだ役に立つことを学べると思う…。そういえば彼女も選ばれなかったけどどこに行ったんだろう。
ホールの中央でゆらりゆらりと舞う二人の影。スルカ姫のふわりと広がったドレスがすごくかわいらしい。本当のお姫様って踊るとあんな風に光るんだなあ…。
「聞いていますか?!」
「はっはい!」
「心を押し殺してあの現王様を虜にすることだけ集中してればいいのですよ。本当の気持ちを隠すことなんて簡単です。そのあたりは王宮でもいくらでも見てきたでしょう?」
相手が本当に情報の通りだったらそれもできたかもしれないけど…
(なんか…ちょっとひっかかるっていうか…)
『王』が嫌い、ダンスは苦手。ダンスの練習はじめてからずっと気持ちが重かった。それでも踊りがそれほど上手ではないことを悟られないためにこっそり練習してたんだけど。あの二人の踊りを見せられてしまったら…。
現王様が当初の通り基礎的なダンスだけであれば私にもまだ勝算はあったけど、何を思ったのかそれぞれの踊りを教えてほしいって言われちゃって本当に困った。現王様は一度はやめたあの機械を持ち出してきてそれぞれの踊りについていくことができた。私もそれ欲しかったよ。
「はぁ…。」
「ため息をついている暇はありません。ラストまでに、踊りの相手を奪ってしまいなさい。」
あの二人の世界に乱入せよとの命令でしょうか、これは…。空気を壊すのはすごく勇気のいることなんだよ。現王様は私を選ばざるを得ない空気を壊してまでスルカ姫をお選びになったとき、足先から頭のてっぺんまですごく震えてたんだよ。
「では私はこれから両議員との食事会がありますから、もういきますが、わかってますね?ローズマリー。」
わかってますね。の一言ですべての責任を私に押し付けて去って行ってしまった。
火星は星民から選ばれた議員が所属する二大政党によって政治が行われている。元首は両政党から代表者が一人ずつ選出され、議会、星民両方の投票を経て火星の代表者が決定される。開発推進派の政党の代表がマリーの母、ローリエ・イサベル・ヴィクトレアである。故に王室へ積極的に差し出されているのだ。
スポットに照らされる王と姫。くるくると可憐に回って見せてくる。おとぎ話みたいな世界が私の目の前で繰り広げられてる。
もうゲームセットって感じ…。自覚はしてたけど、ここ数日はやっぱり現王様に対してかなり失礼な態度をとった気がする。向こうが言いたいことをはっきり言わないせいでもあるけど、本当は胸にしまっておかないといけないことだけど、どうしても私の素の感情が出てた。
『王』の地位に甘んじて民から与えられる恩恵を余すところなく受け取ってばかりの『平和の象徴』なんて担ぎたくないと思ってたけど…スルカ姫もザハブパトラ姫も彼のことを「面白い」といっていた。
確かに彼、変なのよね。
何にも必死で、「ずるしてるみたい」って自分で言ってた外骨格をもってきてまで「みんなのことを教えてほしい」って…。なんだかあの笑顔…いいな…。
あっ、そろそろ音楽が変わる。私は…何か食べてようかな。暇だし。
「んっ?」
ホールの方から何かどよめきが聞こえる。何かな――ってちょっと人多すぎ。みんな踊ってなよ!
「と、通していただけますかー?!」
「ローズマリー様のお通りです、通して、通してください!」
周りの従者がかき分けてくれてようやく真ん中が見えた。
「あれ…なに?」
二つの銃砲。たしか水星製の気泡砲。先端についてるあれ何?
「さ、現王様!こちらへどうぞ!」
いつの間にかスルカ姫が銃を現王様に向けてる!なんで?!
声に合わせてバフバフ音を立てながら銃砲に駆け寄る現王様。靴を脱ぎ棄ててその先端についてる物に履き替え…あの靴って。
「いきますよー?」
うきうきしたスルカ姫の声が響いた。音楽隊も少し戸惑っているじゃない。
「3・2・1!現王様発射!」
ダンスホールに鳴り響く銃声。
とんでもない勢いだった。あの靴はザハブパトラ姫から贈られたホバ・フィート。打ち出された現王様がぐんぐん天井へ向かっていく。
「危ない!」
今更誰かが叫んだ。
だけどそこには。
「あっザハブパトラ姫!」
どこに行ったのかと思ったら、もしかしてあなたはその靴を履いてずっと上空で待っていたの?
「反重機がないなら、こっちが浮かんでしまえばいいのよ!」
上からすごいことをいうお姫様だ…。ドレスがスカートじゃないって思ってたけどこういう理由だったんだ。
「さ、楽団の皆様がた。音楽を続けてくださいまし。」
スルカ姫の言葉に続けて音楽隊が演奏を再開する。
私たち地上に残った者たちはくぎ付けだった。どんな踊りをするのか期待のまなざしが向けられる。ただ…。
(あれ…割と普通?)
ザハブパトラ姫にバトンタッチしたのだから、当然あの広いスペースを使った踊りになると思ってたのに。上には誰もいないから本当に踊れるのに。よく知った踊りで安心したのか、みんなまたすぐにそれぞれの相手と踊りに戻った。そしてホールに取り残される一人の私。
(この代の正室争い最有力候補はあの二人かな…。)
自分でも情けないと思うけど、スルカ姫とザハブパトラ姫は多分、前もってこのことを聞かされてたのよね。この準備を見るとそう。その話を私に伝えられてないってことは…。
……もういいか。私『王』のこと嫌いだしね。うん。姫じゃないし。これまで嫌な態度取ったし。子供だけ作れば母星に多少の補助金が出るはずだから、第三婦人ぐらいで。




