(9)
エスコートする手がぎこちない。加えて三人も相手がいるせいでちょうどいい階段の上がり方がわからない。
大一は横一列に並ぶ姫たちの右斜め少し前からもはや一段上がるごと、逐一彼女たちを振り返りながら歩いていった。
その姿があんまりにも必死なので一番側のルオンは笑いをこらえている。
「現王様、大丈夫ですから。いなくなりませんから。」
こそこそと耳打ちをしてくる。
『王』の到着はやはり大きな出来事である。その連れられている姫たちを一目見ようというのか、ギャラリーが列をなしている。ホールへ入ると多くの拍手が起こった。色とりどりのドレスをまとった来賓が姫たちを向かい入れる。ここからはユエたちもいないので失敗はできない。大一は胸をなでる。
「…それがあれば大丈夫ですわ。」
イブが励ましてくれる。今日もクノッヘンBは外せない。
「………」
「マリー?」
おそらく緊張しているのだろう。ずっと黙ったままのマリーに声をかける。
「…っはい!なんでしょうか、現王様!」
「練習の成果を見せよう。」
大一はそういった。マリーはその言葉足らずなセリフに疑問が残ったようだが、しっかりと首を縦に振って応じた。
「これはこれは。よくぞおいでくださいました、現王様。水星と金星の姫君。」
突然横から現れたマリーとよく似た桃の肌とベリーショートの赤髪を持つ女性が現れた。
「現王様、私の母のローリエ・イサベル・ヴィクトレアです。火星の元首を務めております。」
ビシリと決めた黒の服装はドレスというよりスーツに見える。母子だろうと容易にわかる。いまマリーが着ているドレスを最も着こなせそうに思えた。
「はじめまして。余は…」
(あれ、俺はなんだ?自分の本名は言えないし、『現王』です?)
固まる現王を不思議そうに見る火星の元首ローリエ。
「『はじめまして』…?」
「!?」
しまった!つい普通に挨拶してしまった。これだと問題が…。
「ああ、覚えておいででないかもしれませんね。お会いしたのは前王様に招かれた六星会議のとき以来でしたから。」
六星会議は各星のトップが一堂に介し、その時の星間の問題を議論する場として設けられる。向こうが一人で納得してくれたので、一先ず胸をなでおろす。
「オープニングまでは時間がございますので、ぜひごゆるりと娘と見て回ってください。」
そう言って無理やり端にいたマリーを大一にくっつけてせかせかとどこかへ行ってしまった。
「……現王様、中心へ向かいましょうか。」
昼に踊る舞踏会、しかし窓に見えるのは星空。時間感覚が不思議な感じだ。
「地球の時間に合わせてはいないの?」
「もちろん合わせていますが、この時間帯が一番人が集まりますから。」
なるほど。大気や水がない星だから昼も夜も関係なく、常に星空が見えるから大きなダンスホールとしては理にかなってるのかもしれない。
こんな感じでマリーは大一に聞かれたことを一つ二つポツリと答えてあとはまっすぐ前を見据えているだけだ。
(でも今日は俺にも考えがあるんだ。)
人知れず大一は拳を握った。
しばらくしてホールの明かりが落とされる。前面の壇上にスポットライトが照らされ、マリーの母、ローリエが登壇する。開会の挨拶をハキハキとしゃべる姿からマリーと親子であることを強く感じた。
「……盛大な舞踏会を開催できたことを関係者各位、ならびにご来場のみなさまに感謝申し上げたく……」
反重機もないんじゃねえ…。人混みの中からかそんな嘲るような笑い声が聞こえた。ふと横を見るとマリーにも聞こえていたのか、険しい表情をしていた。
「……では地球より現王様がお見えになられています。ご登壇いただきましょう。皆様拍手をお願いいたします。」
ワアアと会場が割れるように鳴り人垣が履けて自分の道を作った。
「現王様、現王様!呼ばれておりますよ!?」
パンパンとイブに背中を叩かれ大一ははっとする。
「え、聞いてないんだけど…」
突然の出来事に困惑する大一。
といってもすでに会場は拍手で包まれ、向かい入れる準備ができてしまっている。逃げ場はなかった。
誰も伴うことなく一人で向かおうとする大一。すると遅れまいとマリーが腕を絡ませ一緒に歩いてきた。
「マ、マリー?」
いつものようなあの笑顔を振りまく。
二人して壇上に上がる。
「アサフホール舞踏会にいらして下さり私どもは誠に嬉しく存じます。」マイクを強く握りしめた。「さあ、現王様。此度のダンスのお相手を指名していただき、開会の宣言を!」
マリーと自分に強い光が当てられる。
(これはまずい…。)