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彼女の背に手を回す。薄手のダンスドレスから彼女の肌の柔らかさが伝わる。
「水星の踊りはそう特別ではないですけれど。」
そう言ってルオンは大一を引っ張る。踊りの動きはリモコンと外骨格を接続してすでに登録されている。ターンや彼女を支える動きが多いことぐらいで難しいことはない。
「こうやって…」
ピッタリと隙間なくルオンが密着してくる。体が柔らかい。比喩ではなく本当に弾力があって、背中を手のひらで押しただけでも沈んでいきそうだ。
「ル・ルオン、ダンスの練習のはずですよね?」
踊るどころか絡み合いかねないルオンを見てイブが声を上げる。
「チークダンスですわ。」
イブはボードに何かをチェックを入れて打ち込む。
イブとマリーは見学になるが、その間手持ち無沙汰になってしまう。散策でもしてきて、などは失礼だし、じっとしていて、も退屈である。だからダンスを客観的に見て採点させる、という役をしてもらうことにした。
「ほら、審査員的な…」
「かしこまりましたわ。」
そう答えるイブの目が妖しく光ったのは見逃せなかった。
(頼むことを間違えたかも…)
あまり硬くならないように気をつけてもルオンが求めて離れない。この距離で彼女を見るのは初めてで思わず目をそらしてしまいそうになる。
「ふふ、現王様ったら赤くなって」
彼女はタイチ様ではなく現王様と呼んだ。寂しいが世俗名はそんなにばらまいてはいけないだろう。本物の名前は違うのだから。
今はルオンと踊ることに集中しよう。ギンギンと目を見開く。
「そんなに目を血走らされたらちょっと怖いですよ?」
ルオンはそれでも優しくささやくように今の大一の姿を教えてくれた。
「本番はもっとゆっくりピッタリくっつきますからね?」
すでにこれ以上ないぐらい二人の体はくっついている。あ、そうか、クノッヘンBが間にあるか。少し惜しいことをしたようなギリギリのところで冷静さを取り戻せたようなそんな心持ちである。
踊りと言っても彼女の言ったように、これではチークダンスだ。
「スルカ姫はこの機にベタベタしたいだけなのでは…」
「そうね、ダンスの相手云々の前にこれでは現王様が籠絡されてしまいますわ。」
木陰の二人がヒソヒソとなにか話し合っている。
「ルオン、踊りを…」
「ワタクシと抱きしめ合うのはお嫌ですか?」
とろんとした潤む眼で大一を見つめてくる。甘い香りが漂ってくる。彼女の息が首元に当たる。…これ、やばい。
「こ、これだとルオンを選ぶ理由にはならないなあー!?」
大一はついに根負けして顔をルオンからそむけてしまった。
「おー…」
パチパチと木の下からちょっとした驚きの拍手が聞こえた。
「残念ですわ。もうちょっとだったのに。」
もうちょっと気恥ずかしさをこらえていたら何があったのか。大一は悶々とする。
「では、手を…」
今度は手を出して大一を待った。心を整えて彼女の手を取る。
そのつながった部分を支点にしてルオンは器用にクルクルと回りだした。大一も彼女に合わせて腕の下をくぐらせる。回転を止めぬまま大一に近づいたり離れたりを繰り返す。大一が自分の方に引っ張ると寄ってくる。彼女が外へと向かって引っ張り返す。ピタリと止まったと思ったら、ルオンは全身を倒す。すかさず彼女をゆっくりと寝かせるように腕で支える。思っている以上にルオンは軽かった。
付いて離れて回って支えてルオンとの踊りが続いていった。
「では、今日はここまでで。」
一通りの踊りを終えて、あんなにも回転したにもかかわらずルオンが目を回している様子はなかった。
「なんというか、前半は非常にはしたなかったかと。」
マリーが講評を始める。
「でもイブ様もああいうことが好きだと思いますわ。」
「私は結構場をわきまえるタイプですよ?」
そうだろうか。
「では、後半はいかがでしたか?」
するとマリーが口をつぐんだ。代わりにイブが答える。
「素晴らしい踊りでした。現王様を信頼されていることがよーく伝わりましたわ。そのお召し物ともよくあっていてヒラヒラと可憐さがありました。」
意外なことに好評な様子のイブ。だがその余裕さがよくわかった。
「でも現王様に補助させてばかりでは…二人で踊ってこそですものねえ。」
ニヤリと笑うイブ。
「明日、私の踊りで現王様も楽しませて差し上げますので。お二人はそれで勉強なさってくださいませ。」
すでに勝者のような立ち振舞いのイブ。ごきげんよう、と一足先に去っていった。
ライバル心を焚き付けてしまったかもしれない…と少し反省しつつも、三人も少し明るくなった感じがして、大一はこれからも楽しみだったり…。




