(3)
「許すつもりはないから。」
そう、許すつもりはない。
あの後ルオンと別れ、結局自室に戻ってきて一晩を明かしてしまった。端って抜け出そうとしていたことは世話役のユエもわかっていたらしく、今朝からこうやって王の部屋までやってきて頭を下げている。
「俺がいなくなったら大問題になるんでしょ。」
「はい。」
「それともまた同じように他の人を連れてくるのかなあ?」
彼女たちの身勝手さにいい加減うんざりしてつい嫌味を言ってしまう。今朝の着替えは機械に頼らず自分一人で行っていた。腰から背を固定する男性向けコルセット。ダンスパーティは明々後日なので踊りの練習は続けていきたい。
「それは禁忌ですので、そう簡単には。」
頭を下げたまま嫌味に対して答えるユエ。その姿に少しだけかわいそうな思いが浮かんでしまう。
「怒ってるし、早く『王』を見つけてほしいとは思ってるけど…ルオンたちは俺のことを待ってくれてるんだ。この大嘘を信じてくれてまで。」
そういって鏡に向いてキュッキュとネクタイを巻く。検索も惜しみなく使って右左右左と交互に重なるよう花のつぼみのようなシルエットのこった結び方を鏡の自分の姿を見ながら試している。機械にやってもらえばむろん一瞬なのだけど。慣れないせいでうまくいかない。映像は頭の中に流れているのだからその通りに動かせばいいのだけれど、そのように動かしてもうまく格好よく収まらない。今から普通の慣れた一つ結びに戻せばいいがせっかく始めたので意外と意地になってしまっていた。
わちゃわちゃとだんだんこんがらがってしわが増えていく。
「現王様。」
スッとユエの手が首に伸びていった。
「!?」
大一は首を押さえて慌てて振り向く。
「私が結びましょう。」
あ、ネクタイか…。
「じゃあ…そのお願い、します…。」
機械は使わないくせにユエの手は借りるのは問題ないのだろうか。
ユエがネクタイをつかみ、慣れた手つきで結んでいく。やっぱりユエは背が高い。彼女の首の位置に目線が合う。少し下げれば彼女の胸が…。慌てて目線を上げる。ユエの目が大一の首を見つめている。紅の深い輝き。いつもよりもうるんで見える。ユエは無言でネクタイを巻いていった。
「ありがとう…。」
ユエは一歩下がって大一の道をあけた。
「その、これまでのことを許すつもりはないし、昨日のとかめちゃくちゃ………それでもこれからもいろいろ教えてほしい。俺が現王様だからとかじゃなくて、俺自身が困ってるから助けてほしい。」
「…かしこまりました。」
それは誰に対して言った言葉なんだろう、大一はまた深く礼をするユエを見つめて思った。
「三人には悪いことしちゃってるから今日の練習は、ちょっと変えていこう…」
「…といいますと?」
またプレゼントを贈るなどはできないだろう。物を送って許しを乞うてばかりでは格好悪いしなにより相手に失礼だ。
「さっそく頼みごとがあるんだけど…」
「かしこまりました。」
ユエは即座に動いてくれた。指示を出したことに対してなのかはわからないが、ユエが満足そうな顔をしていたことは見逃さなかった。
「ありがとう、ユエ。あと…もう少しちゃんと『王』としてふるまうよ俺も。」
いつものホール、ではなく噴水広場で集合。今日も変わらずいい天候である。さわさわと春風が垣根の葉を揺らし、水面を波立たせる。ルオンは噴水池のそばに腰掛けて流れる水に手を当てたりして涼んでいる。イブとマリーは従者を連れて木陰に用意されたテーブルの椅子に座って『王』を待っている。マリーは時々欠伸をしたり頬杖を突いたりあまり機嫌はよくなさそうだ。
「お、お待たせ。」
ようやく『王』のお目見えである。
「まあおはようございます、現王様。」
パッと三人が立ち上がり彼のもとへ寄っていく。マリーに至っては表情の切り替えの早さなど相当なものだった。
「ごめん、今日はここに呼び出しちゃって…。」
「いいのですよ、こういうところでの練習もオツではないですか。」
頭をかく大一にイブが優しく接する。
「それで順番で言うと今日はワタクシですが…」
ローテーションで行くとルオンで次の日がイブ、最後がマリー。
「それなんだけど…」
少し言いにくそうにする大一。マリーの表情がまた少し崩れる。
「今更思えば基本的な踊りを淡々とこなしてるだけで、みんなと踊るってことをよく考えてなかったんだ。」
「また反省なされたんですね。」
イブが笑った。
「う…そ、そう。」
図星を突かれてたじろぐ大一だが今日はそれだけでは引かなかった。
「みんなの踊りたいダンスとか、故郷での伝統の踊りとかそういうものを教えてほしい。ダンスパーティで誰と踊るか真剣に考えたいから。」
三人の姫を目を見合わせる。確かにこれまでと少し違うようだ。ルオンが嬉しそうに笑った。
「ワタクシたちを選別されるのですね?」
「あ、いやそういう感じではなくて…」
途端にいつもの調子に戻ってしまうのがおかしい。
「なるほど。ここで見事に見せつけて、他の二人を黙らせてしまおうという算段ですね。」
「ええ?そこまででは…」
思いもよらぬ火のつけ方をしてしまったと大一は悟った。
「手は抜けませんわね。でも現王様、踊りの練習は間に合いますの?」
イブがニヤッとほほ笑んで大一に確認してくる。
「それなら大丈夫。」
シャツのボタンをはずす。姫たちがのぞき込むとユエに着けてもらったクノッヘンBが大一の体に一筋みえた。




