(7)
――はぁ…
甘い吐息、なんて優しいものじゃない物憂げなため息が聞こえてしまった。
踊りの練習もだいぶ回数を重ね、姫たちも最初の頃よりずいぶん自分に合わせてくれるようになった。基本的なゆったりとした踊りはもう誰から誘われても一緒に動ける。開催はもうすぐ、といったところだった。
順調だと思ったいたのだが。
大一はため息の理由を問えずにマリーと踊っている。マリーは依然として微笑んでいるままである。手のひらがじっとりしてきた。
「どうかされました?」
「あ、いや、別に!」
「ふうん…では続けましょう?」
マリーが前のように深く追求してくることはなかった。変わらない表情、明るくなるような笑顔、なのになぜか彼女をじっと見ることができない。
マリーと踊ったあとはイブやルオンが話しかけてきて、軽く冗談を言われたりする。これがいつもどおりの光景になっていた。
「…それでそろそろ誰と踊るかお決めになりまして?」
「まあ練習のお相手の回数から言って私ですよね、現王様。」
パンパンとダンスで少しずれたドレスを整えながらマリーが主張してくる。確かに初日がマリーだったおかげで前日まで練習を続けるとすると、マリーとの練習が他の二人より一日だけ多い。
しかし大一は決められずにいた。
(回数で一緒に踊る娘を決めていいのか…?)
大一の心はノーと答えている。一番カドが立たないと思うけど…。
「現王様を困らせてはいけませんよ、イブ様。マリー様。」
ルオンは少しでも『王』が顔をしかめると、すぐに間に入ってその場をとりなしてくれる。彼女は大一に微笑んだ。
(そういえば、最近ルオンが大笑いしてるのを見てない気がする…)
ふとそんなことを思った。
寝室に戻り夕食までの時間を潰す。これまでは足りないこの世界の知識を補ったり、宮殿内を散策したりそんなことを毎日繰り返していた。
「いかがですか踊りの練習は。」
ユエが今日の報告のついでにご機嫌伺いをしにきた。ベットの縁に腰を掛けながら大一が答える。
「ん……順調、だと思う。」
「それはなにより。」
ずいぶんあっさりとした反応をされた。ユエが一礼して部屋から出ていこうとする。
「あっ待っ…」
大一はすがるような手を伸ばした。
「…順調なのでは?」
大一は練習中のことを事細かに話した。ユエは直立したままそれを聞いている。詳細がわかるのは自分の脳内に映像情報が残っているからである。
「お話を伺った限りだと特に問題に当たる箇所は見受けられません。現王様の気にかかっていることもまた今までのように取り越し苦労でしょう。」
そんなはずは、ないんじゃないか?まだまだ腑に落ちないという表情の大一。大一は窓辺に置きっぱなしだったホロトークを引っ張り出し自分のこめかみとケーブルで接続する。
立体映像を使ってここ数日のことをユエに見せた。しかしユエは、
「よく踊れていますね、これならいいのではないでしょうか。」
とだけ返した。
「そうじゃなくて、なにか違和感があるんだよ。」
「具体的には?」
こう言われてしまい押し黙ってしまう。それが解ればこんなにモヤモヤはしない。首から上をかきむしるような仕草をする大一。
「そんなにされては、お顔に傷がついてしまいますよ。」
あまりにのらりくらりと返されるのでいい加減きちんと聞いてほしい。
「…そっちが勝手に連れてきたんだから、少しぐらい俺のこと助けてくれたっていいじゃんか…」
あ。
「ご、ごめん、今のは…」
慌てて頭を下げる。
「今の現王様は偽物として素晴らしいお働きかと存じます。」
褒めているのにその瞳は冷たい。
「嫌われないような立ち振舞いをされているのでしょう?」
現に嫌われていないから問題はないですよね、とユエが言う。
「じゃあ嫌いじゃない相手にため息なんてつくものなの?」
「好かれてないからですよ。」
ガンと強い一撃を放たれる。
マリーはこれまで誰よりも強く自分に好意を示してくれている。それに答えるいい機会だと思って踊りに誘っていたところもあった。
唖然とする大一に追い打ちのようにユエが語りかけてきた。
「しかし気に病む必要はありません。」
ユエの紅い目が深く、冷たく映る。
「そもそもあなたの物ではないのですから。」
大一は何かを言い返そうとして口を開けたままダラリと腕を落とした。視界はおぼろげで、呼吸をするのも忘れている。ユエはしばらく打ちひしがれる大一を見つめていたが、ピクリとも動かなくなったのを見届けると、また一礼して下がっていった。




