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意外なほどにすんなりと動く。それはこの外骨格のおかげだ。自分の学習機能ドライブと情報をリンクさせることで、手足の動きを完全に再現してくれている。
「現王様、これなら問題なさそうですね。」
自分の腕の中でマリーが言う。始めるとき腰に手を添えるのはいささか照れが残ってためらってしまいそうだったが、そこはマリー、有無を言わさず大一の腕をとって無理やり自分の腰に巻き付けた。
はたから見るとそれはもう、初心者のエスコートとは思えない普通の踊り。ツイツイと動く二人の様子はこなれた雰囲気まで醸しだしている。余りにも自然に動くので、外野のルオンとイブも特にやることがなさそうで手持無沙汰であった。
「うーん…」
「現王様、何か?」
思わずうなってしまった大一を不思議そうにマリーが見つめる。
(…これでいいのかな。)
手を伸ばし彼女を導いていく。前方に突き出した大一の腕に沿って、マリーが体を滑らせていく。伸ばした手の先でマリーを支え、それに従うようにして彼女が体を腕全体に預ける。マリーも難なくこなしていく。大一が足を一歩前に出すと、彼女が片足を一歩下げる。
「やっぱりなんかずるしてる気がする…。」
大一が足を止めた。マリーは急な動きについていけず、バランスを崩して大一にもたれかかる。
「あっ…もう、抱き留めたいのならばそう言ってくださればいいのに。」
自分なりに甘い言葉をささやいたにもかかわらず大一が難しそうな表情を崩さないので、マリーは先ほどから何やらご機嫌麗しくない現王様に問いかけた。
「あの、私との踊りはあまり面白くないのでしょうか。」
大一は驚いて首を横に振る。
「え!?違う違う、マリーが悪いんじゃないよ!」
「他に何かお気に召されないことが…?」
いや、そういうことでも…と煮え切らない態度の大一。マリーは眉をしかめる。
「ちゃんと言っていただけないと私も困りますわ。」
いつもの自分に見せる甘えるような雰囲気よりも少しきつめの言葉に大一は焦った。
「ごめん、外骨格任せで踊れていてもなんか違う気がして…。」
「?…筋肉痛だから外骨格をつけているのですよね。」
姫たちは大一の脳がいじられていることを知らない。学習ドライブから持ってこられた情報のおかげで踊れているということに、どうしてだか大一は彼女たちへの負い目を感じていた。
「はっきりとはわからないんだけど…」
「けど…?」
特に続くわけではない言葉にマリーがちょっとずつちょっとずつ不満をあらわにしていくのがわかる。わかるからこそ弁明したいのだが、今回は話せない。そしてなぜ自分がこんな気持ちなのか整理がついていない。
「まあ、現王様、マリー様。ひとまずここでお休みになられては。それに今日のように動けているのなら舞踏会は何も心配ないですわ。」
不穏な空気を感じ取ってかルオンとイブが仲裁に入ってくれた。
「…いや、ごめん。」
「あ、謝られても何に対してだかわからないので…」
許すも許さないも決めかねます、とマリーを困惑させてしまった。
せっかく自分からのプレゼントを使ってくれていて、それに喜んでマリーをどりの相手に選んだというのに、逆に彼女の気分を損ねてしまった。この事実だけは大一でも容易に分かった。
今日の練習はここで終わった。
頭を抱える大一。
誰もいなくなった広間で玉座前の階段に腰を掛けている。
(なんであんな顔しちゃったんだろう。)
確かに踊りながらも悩んでいた。彼女から見えていた自分を今思い返すとずいぶんと失礼なことをしていたことにようやく気付いた。
「はぁああ……」
わかりやすい大きなため息をついてしまう。
自分のクノッヘンBと学習機能のおかげで、できないことがいきなりできるようになっている。これまでもいやいやながら勝手に起動する学習機能に助けられてきたのだが、あらためて考えるとやはりずるいのではないか。
(…といってももうこれはつけられちゃったものだし、わからないものはこれですぐに調べられるから便利ではあるんだけど。)
モヤモヤとやるせなさが募る大一は、立ち上がって気分転換に宮殿内を見て回ることにした。
廊下は清掃が行き届いており、窓には一片の曇りもない。宮殿内に仕える使用人たちが行ったらしく、清掃記録表で担当者と作業終了時間がデータとして確認できた。その人物のことを少しでも考えると、名前はおろか勤務期間、現在の役職、生年月日、出身地、支払われている給料の額までわかる始末。平均年収によると一般的な清掃業務、家事代行業者などより遥かにいい額らしい。
大一はブンブンと首を振って今の情報を追い出す。今日は快晴である。ただ午後からところにより雨。
(つまり、これは全知――って言っていいのかな。)
そう、この世界で見聞きできる事物はどこかのビッグデータにアクセスしてもってきてしまう。おそらくまったくやったことがない武術さえ、このクノッヘンBと学習機能を併用すれば形ぐらいはこなしてしまうだろう。全く便利な機能を付けてくれたものだ。
しかし、ただ一つ、疑問に思っても起動しなかったのが姫たちを見た時。
(それは…どうしてなんだろうな…。)
大一は頭で考える。
検索機は動かなかった。




