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地球の王のクイーンアソート  作者: アホイヨーソロー
コスモスを添えて
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(8)

「あ、ごめんなさい!またいきなり…」

 不意に触られて驚いたのか、マリーが大一の身体から飛び退いた。予想外の反応だったがそれでも大一は「いや、こっちこそごめん。」と一言謝った。思ったよりも大一が自然に口にしたものだから、マリーもすぐに落ち着きを取り戻す。気恥ずかしさはいくらか和らいでいる。

 さて。

 大一はあたりを見渡す。警備兵たちも拘束を解き規則正しく空を巡視している。ユエももちろん邪魔にならないよう端に控えて時折、近くの者に声をかけて何かを指示していた。

「現王様、準備ができたようですのであちらに行きましょう。」

 準備?

 イブがいきいきと大一の手に触れて呼ばれた方へと連れ添う。

 用意されていたのは二足の物々しい靴。なめらかなフォルムでそれを感じさせないようにしているようだが、いかんせん靴にしては大きいのとつま先と踵に拳大の半球の装置がついている。

「イブ様、この靴は?」

 後ろからついてきたルオンとマリーが覗き込む。検索にも引っかからない物体。イブが得意気に笑って答える。

「これは、金星で今開発中の『ホバ・フィート』。この度安全基準をクリアしたので試作品を取り寄せましたの。」

 聞けば空中歩行を可能にする靴なのだという。まだ靴本来のサイズにするには調整が必要で、こけないバランスを保つために足二つ分ほどの長さになっているとか。

「ガスも反重力も使わない、虚空を踏める靴なのです。」

 そう言いながら従者に座席を持ってこさせて靴を履かせるイブ。ブーツから履き替えるときに彼女のふっくらとした健脚が少しだけ見えた。

「ちょっと不格好ですが、テストを繰り返せばきっといろんな形態が出ますわ。」

 イブからはそんなことを言われたことないが、金星人は美醜にうるさいらしい。わざわざ似合わないものを身にまとうなど、まずありえないそうだ。

「現王様もどうぞ。」

 金星の従者たちが姫にしたのと同じように大一の世話をする。ルオンと2人で並んでいたマリーがいう。

「あれ、ザハブパトラ姫。私達の分は?」

「ごめんなさい。」イブが申し訳なさそうに微笑んで謝る。「これはまだ試作品なので全員の分は…製品化したら同じ王妃のよしみで贈りますわ。」

「そんな貴重なものを…ヨに?」

「当然ではないですか。」

 イブは笑みを絶やさない。

「このような素敵なものを賜って、何もしないなど。」

 ちょんちょんと頭に飾られた髪留めを指さす。準備の差で今回はイブのリードらしい。

「さあ、現王様。お二人には順番で使っていただくとして、二人きりで楽しみましょう?」

 瞳をうるませ、瞬きをしながら、とろけるようなほほ笑みで大一の手を引く。

 彼女を信頼していないわけではないが、流石に何もない空中に足を踏み入れるのは勇気がいる。

「万一転んだりしたら安全装置が働いて脚が下に向くようになっていますから。」

 流石に高い。先程まで吹いていた穏やかな風すら、体を叩きつけるように感じる。遥か下に映るパレードがあった大通り。いくら技術があってもこれは死ぬ気がする。一度死んだ身だが。

(二度は死にたくない…一度目は完全に意識なかったけど…)

 下を見つめたまま生唾を飲み込む。足が棒のようになって動かない。なかなかこの柵を越えられない。

「現王様!」

 突然、イブが叫んで柵から外に飛び出した。驚く間もなく彼女は空に軽やかに降り立つ。

「大丈夫ですわ。」

 彼女が両手を伸ばして大一を求めてくる。

「今は、私だけを見て…」

 イブの笑顔が眩しく光る。

(そうだ、俺は彼女たちをしっかり見るって決めたじゃないか。)

 思い出す今朝の決意。ようやく意を決し柵を飛び越える。だが、靴の加減がよくわからなかった。何もないところでバランスを崩す大一。

「あっ!」

 後ろの叫び声と同時に大一はイブに倒れ込む。

「ふふっ、現王様、やっとその気になっていただけました?」

 イブの腕に抱きとめられ、彼女の胸に頭を埋めてしまった。彼女の香りが鼻を抜けて顔中に満ちていく。彼女の体温が伝わってくる。耳を澄ますとトクントクンとかすかな心音。全身を包む初めての感覚。

(気持ちイ…)

「…ごっ!ごめん!」

 グイッと体をよじらせ、煩悩と一緒にイブの胸元を離れようとした。しかし頭の後ろを抑えられうまく動けない、もぞもぞと彼女の体とすり合ってしまうだけだった。

「いいんですよ、現王様。」

 かつてないほどイブの麗しい顔が近くにある。それがさらに緩やかに近づいてきた。彼女の呼吸が顔に当たる。

(だっ…ダメだ!)

 限界を迎える。俺は仮の王。そう簡単に流されてはいけない。目を強くつぶり、体を遠ざけようと軽くイブを押し返す。

 イブにも拒否の意思が伝わったようだ。

「残念ですわ。」

 彼女の腕の力が緩み開放される。彼女を傷つけはしなかっただろうか。拒み方が悪かったかと反省してしまう。

「ごめん…」

「謝らないでくださいませ。」

 イブは気にしていないかのように笑顔で答えた。

「…ただ腕は組んでも構いませんよね。」

 今度はイブが身体を預けるようにして有無を言わさず腕を絡めてくる。二人の背丈はほとんど一緒なので、彼女が頭を傾けるとちょうど大一の肩に頬が触れた。

 ふわふわと足が何かを踏んでいる。歩いてみるとしっかり空を蹴って足を前に出せる。

「靴の調子はどうですか?」

「不思議な感じ、です。」

「よかった。」

 二人でどこへ行くでもなくゆったりと歩いていく。大一は少し遠くの後ろの方からくる恨めしそうな視線を背中に感じていた。

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