(3)
「さて、多少落ち着かれましたか?」
そんな様子は全くない。しばらく無言の間が空いただけだった。
「それなりに発音にも慣れてきたようなので、ここで自己紹介をさせていただきます。」
大一は唸りながら髪の事実に打ちのめされていたが、ひとまず彼女の言葉に応えるように頭を上げる。最初に見たときの純粋な美女の印象が少し変わってきた。無表情で淡々とこの身に起こったことを告げてくる。大一に対して何も興味がないのではないのだろうか。
「ユエ・コノエ・ヒトエ、この世界の『王』の世話役、秘書として勤めています。」
言葉の区切りは伝わったがどこが性でどこが名なのか。日本語らしい言葉の響きのお陰か覚えるのはそんなに難しくなかった。
「ええと…ユエさん、でいいんですか?」
「そこで呼ぶ場合は『ユエ』です。役職、所属であれば『コノエ秘書』、敬称を付けるなら『ヒトエさん』です。」
『ヒトエ』が苗字に当たるのだろうか。会話を続けるために指示通り彼女のことを呼んでみる。
「では、ヒトエさん。」
「私は広義ではあなたの部下にあたるので『ユエ』か『コノエ秘書』が適切です。」
先に教えてほしい。大一は気を取り直す。
「なら、コノエ秘書」
「この場は私的な空間なので公の呼び方はふさわしくありません。『ユエ』が適切です。」
「いきなりフランクすぎない?!」
そういわれたユエはけげんな顔をしている。せっかくの美女なのに先ほどから訝しがられるか無表情かの二種類しか見ていない。
「ええ、と…ユ、ユエ…。」か細く「さん」とつぶやいておく。
初対面の女性を呼び捨てにすることなど全く経験にない。恥ずかしさのあまり再びうつむいてしまう。「はい、なんでしょうか。」とユエも呼ばれたので応答する。
しばらく沈黙。高い機械音がどこかで小さく鳴り続けている。油断すると荒くなった鼻息すら聞き取れてしまいそうでさる。ユエが自分の禿げ頭にそそぐ視線を肌で感じていた。
黙れば黙るほど次の言葉が詰まってしまう。何よりも聞きたいことの数が多すぎるのだ。最初にどれから問いただすべきかついつい考えすぎてしまう。
煮詰まった大一は少しでもこのユエに対しての情報が必要だと判断してしまった。
「名前の由来は何ですか…」
「…『ユエ』は鏡にまつわります。『コノエ』は従事の意です。『ヒトエ』はワゴで、言葉尻をそろえると縁起がいいということでこの名を賜りました。」
「へえ、そうなんですか…ありがとうございます。」
本当にどうしようもない時間を使ってしまったと言い終わって気付く。言わせておいて申し訳ないが今する質問じゃなかった。
「今のは本当にお聞きになりたいことなのですか?そろそろ本題に移りたいのですが。」
見透かされて即座に突っ込まれる。先ほどから傷口をふさぐ間もなくコミュニケーションの失敗を指摘されて非常に痛い思いをしている。だが情報が一切ないのだから少しぐらい変な思考になるのもしかたないだろうに…。