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地球の王のクイーンアソート  作者: アホイヨーソロー
コスモスを添えて
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(7)

 ぐっと腰に力が入る。引き抜くようにして操縦桿を動かされる。すると自分たちの足元が軽く振動を始めた。シューシューと風の抜けるような音が聞こえる。周りの警護のものたちが落下防止の柵に体を固定する。足が浮かないようするため、床に設置された留め具につま先からいれる。カチリという音ともに自動的に足にバンドが巻き付く。

 金星ガスをもちいたエアービークル。ゆっくりと床が持ち上がり地面を滑りながら前進し始めた。このビークルに屋根はついていないので乗員はむき出しだ。肌に当たる風が徐々に強くなってくる。

 外門へ向かってまっすぐ進む。床下の機械が往復しながら音を鳴らす。これだけの大きさだが脇道の垣根に触れることなく軽やかに動き続け、やがて外が見えてきた。ここまで悠然と構える艶やかなイブの姿とは打って変わって、彼女の背から感じるのは逞しい力強さだった。カーブに差し掛かると彼女の腰も外側に曲がる。そして外堀を超えたとき。

 足を誰かに引かれるような、いや頭をなにかに引っ張られるような、大きな平たい乗り物が天に登っていく。

 先程までなかったビークルのボディがどこへ収納されていたのか王たち一行を覆っていく。光を通すがガラスとは違うしなやかな素材、光を角度によって光を弾くので思っている以上に春光が眩しい。気づいた時にはもう宮殿が手のひらに収まるほどの大きさであった。

「いかがでしたか、現王様。」

 適度な高度に到達しハンドルを自動操縦に切り替えたイブが大一に近づきながら問いかける。

「カッコよかった…」

 ここまでみんな連れてきたイブの姿が何よりも美しく映っていた。

「ふふ。」

 イブは満足そうに微笑み大一の腰を固定していたベルトを自ら外してあげた。何かの香水だろうか、ベルトを外すため近づいた彼女の身体からスッと鼻を抜ける香りがする。

 昨日よりも更に近い位置でイブが自分の腰に手を回している。どこからこの香りが来るのだろう。首から?腕から?胸元から?唇から?

「そんなに熱心に嗅がれては恥ずかしゅうございます。」

「あっご、ごめ!」

 彼女の肢体に全身が反応してしまっていた。

「そういうのは私の役割――」

 このやり取りを面白くない顔で見ていたマリーが飛びかかってくる。

「はしたないわ、ローズマリー。」

 緑の瞳で一瞥しただけで彼女を制す。

 イブは甲斐甲斐しく、大一の体を払っている。手を引き座席から立たせ、更にパンパンと軽くはたく。

「イブは何を…」

「私の香りで夢中になられるのは望むところですが…せっかく空までご一緒できたのに私しか見ないのはもったいないですわ。」

 大一を見つめて悩ましげに笑って見せる。

「現王様はワタクシ達の仲を案じていらっしゃいましたからね。」

 とルオン。

「ル・ルオンこそ出発前にちょっかいかけていたでしょう?」

 地上のときのトゲトゲしさはないがやはりなんだか牽制しあっている様子は大一でも感じ取れる。それを経てようやく、彼女たちにひかれ一面の空を臨むことができた。

 地上の建物が本当に小さい。遠くの地平線が弧を描いているのがわかる。こんなところに羽のない乗り物で来れるなんて。大一はしばし息を呑んでその空間に魅入られていた。

「幸い風もそれほどではないので、シェルを開けましょうか。」

 合図をすると覆っていた透明の屋根が再びどこかにしまわれていった。

 天高く鳴る春の風が大一の肌を叩く。空は驚くほど音で溢れていた。遠く空の端を見つめる。

「今日は本当にいい天気で…」

 真横で言いかけたイブがふと気づく。その様子を察知した付き人たちが即座に駆けつけてくる。ちなみに現王の警護はその後にやってきた。

 集まったもののうちの一人が空に指を指す。なにかが近づいてきている。金星の警備兵が王とイブの前に立ち壁を作る。後方で近づいてくるものに向かって信号を送るものがいた。何名かは射撃の準備を整える。

 大一の目がそれを捉え、勝手に検索しだした。

「あっ、そうか。」

 大一は周りに合図する。

「皆さん待ってください、あれは輸送用ドローンです。中身は…えっとヨから三人へのプレゼントのはずです!」

 壁は崩されなかったが即射撃は解かれた。

 こんなところまで届けてくれるのか。ドローンから安全を示すマークと型番号、出処がデータとなってこちらに送られてきた。注文者は間違いなく現王様であった。

 大一は進んで箱を受け取り、生体認証をすませる。いつも一歩遅れて王の警備が止めさせようとするがいつも一歩遅いので無理な話である。厳重な箱。これだけでも中にあるものの重要さが伝わってきた。

 ようやく、渡せる。

 感動すら覚えてしまった。予定とはだいぶ違うがこんな清々しいところならむしろこれでいいかもしれない。箱を持ったまま振り返ると三人の姫が行儀よく並んでくれていた。

 体が固まる。舞台が整いすぎている。もしかして自分が合うと思っただけで気に入られるとは限らないじゃないか。しかもただの髪飾り、自分の知ってるよりも豪華な品物に囲まれて目利きはもちろん上のはず。これを失敗したら…。

 三人はいつまでも止まって渡さない『王』を不思議に思った。

「現王様?」

 ルオンが話しかけてくる。

「それはワタクシたちに何をくださるんですか?」

「へ、え?これ…これは…」

 髪飾り。三人は静かに待っている。大一は黙って箱を開けた。クッションのなかに寝そべる3つの花をかたどったアクセサリーがでてくる。

「では現王様、お三方につけて差し上げてください。」

 遠くから見守るようにユエが発破をかける。そんなことを言うもんだから三人もその気になって頭を差し出した。

(似合ってる…似合ってるよな…?)

 こわごわと真ん中の青い五枚の花びらを持つ髪留めを手にとった。これはルオンのブルースター。

 大一はそっと彼女の頭に手を添える。いつもならからかってくるルオンもおとなしく大一のすることを受け入れている。彼女の作り物とは思えない艷やかな髪。大一は彼女のこめかみからなぞりゆっくりと髪を留めた。

「ありがとう、現王様。どうです?似合いますか?」

 今つけられた部分を大一に見せてくるルオン。

「あっちょっと曲がってる」

「ふふ、ならどうぞ。しっかり付けてくださいませ。」

 ルオンがもう一度差し出してくれる。なれない手付きで数回グニグニと動かした。肌に刺さっただろうにルオンは何も文句を言わずただその時間を過ごした。

「似合いますか?」

 ニコリと笑ってみせた。

 似合ってる!自分の選んだものが、喜んでもらえて、似合ってる!大一はこれだけでさらに飛び上がりそうだった。

「では次は私。」すかさずイブが入ってくる。

「この花はなんと…?」

 ゲッカビジン。真ん中の黄色い芯と派手に広がる白い花弁が彼女の高貴さを際立たせる。大一は花の種類なんて詳しくはなかった。だが名前も学名も変わってるけど、間違いなくその花だった。

 イブのも似合う。ウンウンと頷きなんだか自信がついてきた。ちょっと色合いがかぶっちゃったかな、などと通ぶった意見も自分の頭の中で出てきた。

 マリーへ贈るコスモスを見せる。この花はいくら知識がなくても知っていた。整った薄紅色の花。このヘアピンはかんざしのように挿して使うものだった。

「わー!現王様!うれしいうれしい、私感激です!現王様から贈り物をいただけるなんて!ありがとうございます、大好きです!」

 今まで黙ってた分が破裂したように、バタバタと飛び上がって大一に抱きつく。力の加減は相変わらずだったが、こんなに喜んでもらえて大一も嬉しかった。気がついたときには大一も彼女の肩に手をおいていた。

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