(6)
少し遅れて。現王様の天然っぷりが場を和ませたのを見計らったのかようやく出立の合図を告げに警護の者たちがやってきた。注文品はまだ届いていなかったが、この際仕方がない。大一は戻ったらきっと届いているだろうからそこで渡すと3人に伝えた。
(三人は喜んでくれ…てると思う。)
大一がそう伝えたとき確かに笑って頷いていた。それに緊張がちょっとした自分の恥で緩んだのだし。大一は両手で頬を叩いた。
「ふふ、いかがされました?」
姫たちを先導してを行く大一にそれを見ていたルオンが声をかける。
「あ、いや、気合を入れようかと…思いまして。」
「ただ遊びに行くだけなのに、何をおっしゃるのですか。」
そう言って笑うイブも先刻に比べれば随分と穏やかな様子だ。
宮殿の外へ出ると正午の日差しが王たちに降り注いだ。今日は天気がいい。吹く風は優しく行楽日和だ。未来になっても変わらないことはあるのか。パレードの観覧席があった広場へ繰り出す。中央に用意された一台のフローティングビークルのそばに案内のものがいる。
「現王様、姫君方こちらへ。」
たおやかな手ぶりでこちらを誘う――
「ユエ!」
朝見かけてからしばらくぶりだ。思わず大一が声を出す。
「現王様、今はコノエ秘書と呼ぶべきところです。」
「そんなことより、あれ!ちゃんと説明してくれよ!めっちゃ恥かいたよ!」
憤慨してホロトークのことを言及する。
「あの時点では適切な処置だったと自負しております。」
「そうだけどさ…」
夢中になって美人秘書に食いつく現王にユエが目配せをして後ろを見るよう促す。つられて後ろを振り向く。
「あ。」
そうだ、今は婚約者と一緒。彼女たちをそっちのけで容姿の整った秘書に走り寄ってはならないのだ。ばつの悪そうに頭をかく大一。
「それぐらい私も求められたいですね。」
皮肉なのか余裕の現れなのかわからないことを涼しい顔をしてイブが言葉をかける。
「す、すみません…お、ヨはどうしても言っておきたくて。」
「ふうん。」
笑みを絶やさずイブが自分の横を通り過ぎてビークルに乗り込む。その後ろからルオン、マリーと続く。
「現王様、くれぐれもお気を付けください。特にお言葉が乱れておりますので。」
さっそくやらかして頭を抱える大一にユエもくぎを刺す。とぼとぼと大一とユエと複数人の護衛が乗り込んでいく。10人程度か。それくらいならテニスコート2面分のこの乗り物はまだ余裕がある。王たちはそれぞれの用意された席に着く。イブは座らずに先頭へと歩いていく。
「さて。どいていただけます?」
備え付けられたむき出しの操縦桿を握った。この乗り物はイブの故郷金星の賜物。高貴な身にありながらも人を使わず運転することぐらいはお手の物のようだ。
「せっかくの現王様のご提案なので、私自らが空へ連れて行って差し上げます。コノエ秘書に負けないぐらい、現王様から求められるようご覧いただきましょう。」
「あれは…。」
イブがパチリと大一にウインクをする。両足を下についたボードに乗せて直立の姿勢。両手を操縦桿にかざすと手元を守るカバーが出てくる。次にナビを起動して、操縦桿横に取り付ける。淡々とした作業のようですべて手作業なので意外と時間がかかっていた。マリー少しじれったそうにしていた。
「…自動操縦の方がいいのではないですか?」
「それではだめなの、ローズマリー。」
ビークルの起動作業をするすらっとした背中が目に映る。今日は空の上まで行くからかクリーム色のロングドレスで厚着をしているが、きらきらと襟や裾などが金糸の刺繍で縁取りされていてやはり派手やかな印象がある。首元はあれで寒くないんだろうか。マリーは昨日と同じように全身をかっちり着込んでいるし、ルオンも寒くない格好で肌を隠している。
「あれ、ルオン…外圧スーツの上にさらに厚着なんですか…?」
『水星人のファッション』が検索され、結構な数が出てくる。割と服を何重にも着ること自体は不思議なことではないらしい。
「あら、現王様。ワタクシの肌をご覧になりたくて?」
ちらりと襟を広げて首筋を見せる。手を振って焦る大一。
「あ、そうじゃなくて!」
「二人っきりならほとんど布一枚でもいいのですけれど…」
それはそうだ。人目があるなら服を着るのは当然のことなのだ…。
「それに上に行くほどスーツの圧力は変化しますからね。もう上空ではぴったり張り付いたみたいになっちゃって…」
「手触りがごわごわして百年の恋も冷めるそうですよ。」
横にいたマリーが勝ち誇ったかのように大一に教えてくる。
「まあ、マリー様。ワタクシのスーツはその程度ではへこたれませんよ。」
微笑み返すルオン。
「現王様、一度触ってみてくださいまし。」
そういって腕を伸ばし手のひらを大一に差し出すルオン。薄ピンクに紅潮した母指球がぷっくりと膨らんで見える。大一はちょんと指で突っついてみる。
「もっと指で…」
誘われるようにして彼女の手のひらを押し込み手相に沿ってなぞる。彼女の手は心地よく今日はあったかく感じる。確かに外圧スーツは影響がないようでぷにぷにとしたやわらかな彼女の手の感触が指から伝わってくる。
「ふふふ、くすぐったいです、現王様。」
「あ、ごめん!」
余りに遠慮なしになぞっていたことにハッとして指を離した。
「まったく、出発前から私を無視していただかないでもらえますか?」
とうに準備を終えていたイブが大一に向かって不平をいう。マリーも何となく目論見が失敗したようで渋い顔をしていた。そうだ、今出発前で地上にいるんだから外圧スーツの加圧は変わらないじゃないか…。ルオンを見ると先ほど撫でられていた手のひらを口元に当てて笑っていた。




