(5)
玉座のある謁見の広間にはすでに三人の姫が、それぞれ数名の輩を連れて王の到着を待っていた。どことなく難しい表情に見えるのは気のせいだと思いたい。大一は居住区側の入り口から広間の様子をこっそり伺っていた。実はあれ程焦って頼んだ品物がまだ到着していない。支払い画面が表示されなかったのもあり、もしかしたらそのせいかもしれない。嫌な予感がしている。
だがそろそろ待たせておくのも限界だ。ピリピリとした空気が伝わってくる。イブなどは腕組してそっぽを向いている。怒った表情もまた美しい、なんて余裕ぶっている場合ではない。
これから関わる
嫌われたくない人に嫌な思いをさせてることの重大さが今になってよくわかる。ほんの些細なことだったが無遠慮なことをしたなと。
大一は勇気を振り絞る。品物はまだ届いてない。できれば謝罪中に到着してくれ。ずんずんと広間に繰り出しながら、
「みんな、遅れて申し訳ない!」
大きな声を響かせた。イ母音のあたりが上ずったのはご愛嬌である。さて三人はというと。
彼の顔を見つけた途端、極めて自然に笑顔で迎え入れた。
「現王様、お待ちしておりましたわ!」
イブなど昨日のことなどまるで気にしていないかのように大きな声で大一に返す。ルオンはぱっと微笑んでヒラヒラと手を振ってみせる。
あまりの歓迎ムードに拍子抜けしてしまう。
マリーも遅れてガバリと頭を下げた。
「え、えっと…?」
先程の重い空気が一気に消え去って大一は戸惑ってしまう。神妙な面持ちを続けてくれてたほうがいくらかやりやすかったのだけれど。ユエやカサネギさんなどの大一の付き人は一人も見当たらない。
「本日は宙遊覧をされると伺いました。私達、金星のフローティングボードを使っていただいて光栄ですわ。」
イブが深く礼をして謝辞を述べる。開いた謁見の間の扉の先に柵のついた何らかの乗り物らしいものが用意されていた。
「空にいれば危険はあまりありませんしね。落下以外。」
ルオンが言う。するとイブがすぐに切り返した。
「地中に引きこもっていると空での安全性がわからないかもしれませんね。」
「まあ。そのようなつもりはなかったのですが…お気に障りましたか?」
不穏な空気が立ち込める。姫たちでどんどん会話されてはタイミングを逃してしまう。
「…あの!」
大一が強引に割って入る。三人の目が一斉に大一に向けられた。じっとおとなしく次の言葉を待つ。
「まず、お…余の方から謝らせてほしいです。」
静かになる大広間。大一は拳を強く握りしめゆっくり頭を下げた。
「昨晩はごめんなさい。ヨが至らないばかりにみんなに恥をかかせてしまって。」
三人はどんな顔をしてた位置を見ているだろう。顔を伏せた大一にはそれが映らない。
「好意を持ってここまで来ているのに、ヨ、は自分のことばっかで…変な空気にしちゃって…」
大一の荒い呼吸が響く。
「今日、昨日の分を取り戻すチャンスをくれませんか。これからこの宮殿にみんなで仲良く、暮らしていきたいんです。」
仮とはいえ、一時的なものだとはいえ、大一は今持てる全てを言葉に託した。恐れずに顔を上げる。その表情は決意に満ちていた。これから遊びに行く男の顔には思えない。
だが対する三人の表情は――ぽかーん。
「あの、現王様、昨日の分って?」
ルオンが手をパタパタとさせながら聞いてくる。
「私がお側でお世話するのを拒まれたことでしょうか?」
イブが代わりに答えを推測する。
「多分それだと思います。」
怪訝そうな表情のマリー。
「えっ…?」
この瞬間、互いの認識の差を肌で感じた。
「お気分が優れないときもありますから、多少は悲しくはありますが、私のために頭を下げられるなど…」
イブが肩を撫でて労ってくる。かなり心配そうに顔を覗き込まれる。それこそ凛とした釣り気味の目がタレ目に見えるぐらい。
「な、な…」
独りよがり。バシリと頬を叩かれたようにようやく目が覚める。そんなに気にすることじゃなかったのか?!
「気にかけていただいて、私は感激です。」
慈愛に満ちた…いや少しばかり哀れに思うような優しい目をしたイブに手を握られた。彼女の体温に包まれてものすごく恥ずかしい。
だが大一はまだ負けなかった。
「さっき!ここが何か重い雰囲気だったんです!それは俺のせいでしょ?!」
「な、なぜ?」
「違うの…?」
今にも泣き出しそうな情けない声を出す。
「違いますよ。」
イブが掴んでいた手を放し身を正す。その目の端でルオンを捉えているようだった。
「ル・ルオンは人を出し抜くのが得意なようですが、さすがその態度を改めてはどうかと話していたのです。」
まさか、彼女が協定を破って前乗りしていたことがバレたのか!いや、自分の名前を知っていることが知られたのか!それとも、月夜にバリケードを貼って自分と二人っきりになったことが………結構該当する案件は思い浮かんだ。
「いわれのないことを尋ねられてもお答えできるはずがありませんから。」
それでもルオンは毅然とした態度で応じる。
「いいでしょう。」
ならばとイブのその翠の瞳が大一をまっすぐ捉える。
「現王様は、先程のごとく私達の仲を案じて苦心される方なのでこういうヤボなことをお訊ねするのは本当に心苦しいのですが…」
神妙な面持ちのイブ。大一も思わず固唾を飲み込んでしまうほどの緊張感である。
「昨晩は誰もお呼びにならなかったのに朝早くからル・ルオンを呼ばれたのはなぜですか?」
「へっ?」
ルオンには今日ここで初めて合った。たしかになんのいわれもない事を話されている。しかし仮にルオンを朝から呼んだとしてなにか問題があるのか。六星婚姻協定のページが開かれ検索を始める。
つまり、その日の夜伽の相手は一人だけが通例なのだ。翌朝になって、王が別の婚約者を求めてもその者は応じてはいけない。最初に選ばれた婚約者が最後まで相手をすることが必要とされる。それぞれがアピールできる時間は限られているので、選ばれた者のその時間は互いに尊重していこうというルール。
昨晩大一は誰も呼ばなかったので、通例により朝は誰もいてはいけないのに、ルオンが部屋にいたのをイブの世話役が見かけたそうだ。
「対等な関係であるワタクシを信じていただけないわけですか。」
「ルール違反は糾弾されるべき。それに出会って一日のル・ルオンよりは、長い付き合いの言を信じますわ。」
段々と二人の火花がヒートアップしていく。この場をおさめられるのは、自分しかいない。大一がにらみ合う二人の前に出る。
「ルオンは嘘をついてないです。今朝は俺一人だった。強いて言うなら、コノエ秘書が顔を見に来たくらい。」
ほら、という風に満足そうな笑みでイブを見返すルオン。イブはまだ引き下がらない。
「お優しい現王様のことですからル・ルオンをかばう気持ちはわかりますが、それは私達のルールなのです。どうか真実を。」
懇願するイブ。
真実。真実か…。
「ルオンの姿はどこから見たんですか?」
「噴水広場へとつながる私の居住区の前を掃除していた世話役、ナダから聞きましたわ。」
あっ。
わかってしまった。中央の噴水広場から王室の窓を見上げると映るのは…。だがこれは言ってしまっていいのだろうか。掃除の時間ということだから掃除後は戻ってこないし、緊急の連絡ですぐに飛び出すだろう。だからその後イブやマリーが王の寝室にいたという話は上がってこないはず。話してしまうべきか…。ルオンの目には不安の色が映っていた。
そう、自分の保身はその後だ。
「本当にその時間ルオンはいなかった。」
静かに大一が語りだす。
「ではナダが嘘をついていると?」
大一は首を大きく横に降る。何をためらっている、今言わなくては。
「ホロトークっていう機械の立体映像なんだよ、ナダさんが見たのは。」
「ホロトーク?!」
イブが素っ頓狂な声を上げる。心なしか肩を震わせたような気がする。
「それは何用のものなのですか?」
水星では流通していないのか、不思議そうに訊ねるルオン。
「現実の恋愛にあふれる水星人にはあまり関係のない代物ですわ。」
説明を聞いても首を傾げるルオン。
「ル・ルオンの顔をしていたというと、現王様は彼女のデータを作成されたのですか?」
「あ、いや、三人とも。」
なんだ。なんのことはない、一度言い出してしまえば何でも答えられる。イブが大一から一歩離れた。
「そ、そうですか、私達を模した映像と遊ばれていたのですね。気に入っていただけたようで…。」
微笑んでいってくれるが目を合わせてくれない。見るとマリーもこれまでで見たことないなんとも微妙な表情をしている。また何かしらの失敗をしたとさすがに悟る。ルオンだけはまだ状況が飲み込めてないので現王に問い続ける。
「それを使って何をされてたんです…」
イブが慌ててルオンを制止する。先程のような悪気のない、余計なことは聞くなという気遣いの現れである。
「あの、恥ずかしいんだけど…」
大一が照れくさそうにこう切り出すと、イブとマリーの間に緊張が走り体が硬直する。はにかみながらとんでもないセクハラじみたことを言われるのではないか、気が気ではない。
「夜はそれ使って――」
耳を塞ぎたいぐらいだ。
「三人に謝る練習をしてたんだ。」
「まあ」
「ん?」
「えっ?」
不思議な間が空く。
「三人がせっかく色々気にかけてくれたのに、自分のことばっかだったから、みんなを見つめ直して反省しようと思ったんだ。」
それでさっきの謝罪か。この場にいた人々がようやく得心がいった。
「では朝は何を?」
もはやルオンは面白がってきいているとしか思えない。
「それは…まだ間に合ってないんだけど、みんなへ贈り物が似合うかを…」
現王が頭をかいている。プレゼントの1つや2つで彼はこんなに風に浮ついたり照れたり反省したりするのか。姫たちの間で伝わっていた情報とは全く違う。これが本当の、現王様…?
「その、差し出がましいようですが現王様。」
「うん?」
「ホロトークが何なのかご存知ですか?」
「え、相手と会話練習する立体映像投影機…」
瞳には一点の曇りもない。本気で言っているのだ、現王様は。
「ホロトークとは…VGFトークコミュニケーションデバイスであり…主な購入層は成人男性…」
ルオンがいつの間にか検索機らしい薄板を操っている。声はいつものように鈴のなるような心地の良い響き。
「理想の女性に好きなセリフを喋ってもらえる!あんなことやこんなことも言わせちゃえ!
男のロマンがここに…」
ルオンが静かに端末を片付ける。汗が垂れる。
「いや、その…ユエがくれたもので…ホント知らなくて…」
「セクハラアイテムを使われたと。」
「ぶっ…」
イブは口元をとっさに扇で隠した。肩が小刻みに震えている。
「くくく…」
マリーも大一のことを直視できない。
「わかってますよ」とルオン。
「男の子ですものね。」
イブが隣で盛大に吹き出した。




