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私はローズマリー・サンドラ・ヴィクトレア。火星を統べる当主の娘。ただいま現王に夜這いをしかけようとしてるとこ。大人数だと目立つので二人ほど暇な人についてきてもらってる。
今日は王との最初の夜だけど、なんだか誰も呼びつけてないみたい。これは逆にチャンスってこっそり抜け駆けしようとしてるんだけど…。
それにしてもなんだか聞いていた話と違うよね。現王様は女に弱いってもちろん情報は届いていた。けどそれはすぐ鼻の下を伸ばすようなだらしない方だって言う話。それを考慮気に入られようとしてた。まあ、ザハブパトラ姫には悪いけどああいうタイプのアピールで拒絶されてくれてよかった。私も同じ方向性だったから目立たずにすんだわ。
(というか無視されてたのよね…。)
最初の挨拶の時に焦ってたぐらいで、あとは抱きついてもほとんど気にも留められなかった。あれぐらい慣れてるのかと思ったら、ザハブパトラ姫が密着してきた時は目に見えて緊張してた。
(やっぱり体つき…?)
火星ではキチンとしたテラフォーム整備がされてないし基本室内なんだから仕方ないでしょう。スルカ姫みたいな人工スタイルでも緊張してた様をみると、それはあるかも。
だとしても、やっぱり聞いてた話から離れてる。女好きが弱点で抱きついたり、口づけしたりが当たり前の方なはずなのに。
悩んでもわからないことはわからないわね。ともかく、この夜襲は失敗できない。食事のときの微妙な空気とか気にしてる場合じゃないの。今日一日で私の印象を深く刻んでもらわなくちゃ。
ようやく見えた王の寝室の前にはスーツに身を包んだ王の秘書の姿が。…あの人も隠してはいるけど割と恵まれた体をしてるよね。でも彼女が立ってるということは、もしかして私の他に夜這いを行ってる姫がいるのかしら。いえ、そんなはずは。二人の部屋の前には私の部下をつけて動きがあったらすぐに知らせるようにしているのだから。
「火星姫ヴィクトレア様。こんな夜更けに何用ですか。」
しまった秘書の女性と目があってしまった…。ううん、私は王の妻なのだし、やましいことは何もないでしょう。堂々と、どーどーと通ればいいはず。
「現王様の夜のお相手を、と思って参りましたわ。どうぞ取り次いでくださいませ。」
「なりません。」
そ、即答…?しかもなんか無愛想。
「もうすでにどなたかと…?」
「いえ、お一人ですよ。」
ますますわからない。
「では現王様が私を拒む理由がおありなのですか?」
「そのつもりはないでしょう。」
現王はよくこんな機械のような応答をする女性を秘書にしておけるのね…。ちょっとスタイルいいからってそこだけで採用したとか。
「まさか夕餉の時のことをご不満に思われてたとか?」
ザハブパトラ姫のしたことはそこまで悪いとは思わなかったし、ご自分で微妙な発言をして空気を悪くしたのだから自業自得だと思うけど。
「そのような理由ではございません。」
…もう、じれったい!
「じゃあ現王様は誰も呼ばず、ここでお一人で何をなさってるんですか!?」
「ホロトークをされています。」
「ホロトーク!」
モテない男御用達の仮想チャットデバイス!これでもはや彼女いらずとかいうあまりにも私には度し難いアレ!…いやいや、三人も妻がいるだから引っ張り込めばいいでしょうが!え、何、三人ともだめだったの?立体映像に勝てなかったの?
「ご安心ください、映像スキンはお三方のものを被せてありますので。」
「?!」
マリーは言葉を失った。ユエが先程から言っていることはすべて真実である。呼べば飛んでくるご本人がいるのにわざわざ引きこもってコピーと会話しているのだ。一応まっとうな理由はあるのだが、そこまではユエも聞かれていないので答えない。それにその装置を勧めたのはユエの方だ。誰かがうっかり部屋に入ってはマズいのでこうして門番をやっていたのだが、まさか正室候補の一人が直接やってくるとは。
対するマリーはよほど衝撃を受けたのかフラフラと足取りもおぼつかないまま自分の部屋へ戻っていった。
(なんとか頑張ろうと思ってたんだけど…)
自信がなくなってきた。己を律し、開発が滞っている火星への資金源としてどんなことがあろうと働くつもりでやってきたのに。VGF、彼女(仮)がお気に入りとは。しかもそれは私達の顔をしてるときた。久しぶりに全身ゾクゾクすることを聞いちゃった…。
(耐えるのよ、ローズマリー・サンドラ・ヴィクトレア。我慢よ…)
でもやっぱり…私は『王』が嫌いだ。




