(7)
王と姫達の四人で囲む食卓。食べたことのないような未来の料理が一皿、二皿、あちらにもこちらにも。食事マナーに関してはユエによりインプット済みなので機械的に食事を口に入れていく。ただわかったことは食事を楽しむということだけは変わらない感覚のようだ。スプーンもフォークもある。ナイフは電子ブレード式。さっとスライドさせるとその部分を焼き切る。切り口が必ず焼けるので肉汁などをこぼさずに食べることができる。他にも表面を焼かない風圧式というのもあるらしい。
(貴族になればなるほど効率重視で全て流動食とかだったらどうしようとか思ってた…)
実は初日から料理は出ていたものの勉強に時間を割くためササッと食べられるものしか出てきていなかったのだ。その簡素な料理が宇宙食っぽく、21世紀の一般人のSF感覚的に合致していたので疑問を挟む余地がなかった。
テーブルに目をやって気になるのは、ルオンとマリーの皿は一人一品ずつ用意されているのにイブの皿は大きめでかつ二人分の量でやってくる。
「イブ様、現王様が食べにくそうにしてますよ?」
ルオンが遠慮なく王に近寄るイブに牽制をするが聞く耳を持たない。彼女の薄衣が大一の肌をかすめる。大きく開いた胸元に思わず引き込まれそうになるが我慢をしてしまうのが大一。
「これは金星の恋人たちの食べ方なの、ル・ルオン。現王様もお好きなはずよ。」
ねえ、と潤んだ瞳で同意を促してくる。なるほど確かに金星ではそういう文化らしい。でもたった今調べたばかりだ。もともとの『王』の情報なんてくれなかったから好みも知りようがない。というか本当に代理をさせる気があるのかと叫んでやりたい。
「…恥ずかしがっていらっしゃいますね。でもすぐに馴れます。愛し合う二人が肌を重ねるこたとなど普通ですもの。」
ナイフを持つ手にイブの手が添えられる。添えたまま上下に動かされる。肉がひと切れ。
「それ、いただけますか?」
今切れたばかりの肉を欲しがるイブ。唇に人差し指を当てて誘ってくる。開いた口の奥で艶を放つ真っ赤な舌。
(これが…『あーん。』…どうしよう、いざ遭遇してみるとめちゃくちゃ恥ずかしい…。あげるべきか?食べさせてあげるべきなのか?)
これまでもそうだったように、今回の色仕掛けもやはり、フリーズした。白目を剥く勢いで失神しそうな余裕のなさである。やがてイブは『王』の不動の左手を掴んで肉を運ばせた。
「こう、やるんですよ現王様。」
口へ放り込ませるとムグムグと肉を噛みしだく。
「ではどうぞ。教えて差し上げたとおりに。」
今度は手を放して口を広げる。もはや逃げ場がなくなった。イブは柔らかくまぶたを閉じる。その表情はまるで口づけを迫るよう。目の端でルオンが微笑んでこちらの様子を見つめているのがわかる。
顔が熱い。震えているのか切り口がギザギザだ。フォークを深く突き刺す。恐る恐る、王を待つイブの唇まで運んだ。だが彼女はその肉が口に触れても動こうとはしなかった。
「咥えて。」
とっさに出た言葉。するとぐわっと歯をみせてかぶりついた。奥歯でガシガシかんでいる。
(やばい、怒らせた…?)
当然である。だが大一もいっぱいいっぱいであった。ルオンが笑っていう。
「現王様、それでは猛獣にエサをやるようです。」
イブが肉を飲み込む。
「申し訳ありません。今日はそのお気分ではなかったのですね。私と現王様の初めてお会いできて、張り切りすぎてしまいました。」
深く礼をし、そっとその場を離れた。金星人の従者にも何かの合図を再びしている。彼女の残り香が大一の罪悪感をふくらませる。
「現王様…」
「わ、わかってるから何も言わないで…」
会食はその後淡々と進んでしまった。あまり言葉も交わさず、重い空気が終わったあとも残っている。三人はそれぞれの部屋へもどってしまった。広い食堂に大一とユエの二人だけ。
ユエが言いたいこともわかっている。でもしょうがないじゃないか…女の子と付き合ったこともないんだぞ。悪いことをしたと思いつつも、経験の無さは隠しようがない。
「はあぁぁぁ…」
深く大きなため息をつく。
「この後は、どなたか今日一連の流れでお気に召した姫君をお呼びになってください。手は出してはなりませんが、字の通り枕を共にするのです。」
「……こんな状況でできるわけないだろ。」
冷静に伝えられてもユエの言葉には非難の色が見える。
「それでもやらねばならないのです。あなたは『王』になったのですから。」
「…でも偽物じゃないか。」「ではなぜ受けるといったのですか。」
そっちが無理やり連れてきてやれって言ったからだろ!とは言えなかった。
(自分の失敗を相手のせいにするだけとか…そんなの…)
目を伏せているので相手の顔は見えないが、今日今までで一番ユエの目を見るのが恐ろしい時間が流れる。
「現王様。」
透き通るような声に脅かされ大一の身体が強ばる。
「あなたはなにがしたいのですか?」
ユエにその柔らかな手で頭を掴まれ無理やり顔を上げられる。そんなに強い力は加わっていないはずなのに大一は逆らえなかった。二人の目がバチリと合う。
「これまで理不尽な仕打ちを受け続けたはずなのに、それでも『王』の代理を受け入れた。それはすべてを諦めたからなのですか?」
諦め。恋も自由も人生も奪われ続けて何も残らなかった大一の最後の選択。何者でもないからこそ影になれる。
いや。
何一つしていないのに好意を向けられて美女に囲まれる夢のような状況。諦めたからこそ手に入れられた天国。
それは。
撫でられたり触られたりキスを迫られたり。本能に身を任せてすべてを忘れられる…。
「違う。…違う!」
まるで子供のように歯を食いしばってユエを睨み返す太一。胸いっぱいに息を吸う。まだ始まって数日。自分がしてきたことを思い出す。それはこの世に目覚めてから起こった自分の意思。
「俺がいないと困る人たちがいるから、俺みたいに振り回されてる人たちに求められているから…」
「だから?」
だから。
「俺は『王』になった。」
「…あなたに頼んだことは代理の方ですが。」
いつもの調子でユエが話す。
「そうですよ、現王様。」
ユエが大一にかしずく。それは、初めて見たユエの笑顔だった。
 




