(6)
ふぅと軽く息をつく。例の一件からなのか予定よりも早めに動き出すことを意識している大一である。大食堂に大きな円卓、天井には装飾のガラスがきらめくシャンデリア…のようなライト。絵に描いたような贅沢な部屋だが、照明器具はやはり自分には馴染みがないもの。軽そうな白色の丸板から光が溢れている。電球のようなものはなくそれ自体が発光してるようだった。それを言ってしまえば椅子も机もまあ曲線のデザインが目立つ。清潔感のあるツルリとした材質の座面と背もたれには座ると体が沈んでしまうほどのクッションがつけられている。席につくと肘掛けが現れる。椅子の脚が一本ニョキニョキ生えてくる。製造メーカーは検索によるとハイドロ社らしい。高級家具まで取り扱っているのか。
先のルオンとの逢瀬もあって、そわそわとなかなか落ち着かない。
嘘。彼女は嘘つきかと聞いた。
(それを言ったら俺のほうが…)
その通りである。世界を揺るがすほどの大嘘を現座進行形でついているのだ。それに比べたら他の人の嘘など責められるはずがない。ただ一つだけ、ルオンに言ってほしかったことがある。
(「タイチ様。」)
うっかり彼女に教えた名前。この世界の誰も気にしない代寺大一の名を呼んでほしかった。頭の中にミュージックプレイヤーまで取り付けられたのか、そっくりそのままルオンの声が思い返される。
「ふぅ」
もう一度大一は息を吐いた。まだ誰も来ない食堂。お付きの人たちはあんまり信用できないと改めて思った。『王』が大事であるならば四六時中付き従っているイメージなのだが、ユエ以外は外出ぐらいにしかついてこなかった。身に危険が迫っても遅れる対応。これもユエが一番早く動いていた。別に個人的には放っておいてくれたほうが気が楽なのだが、勝手に連れてきた割にはずいぶんぞんざいに扱われている気がする。
(代理だからなのか?)
しかしそのことはユエたちの部署しか知らない重要機密だそうなので、偽物だからという線は薄い。ならばあるいは…
「ただいればいいだけの存在…」
前王の訃報も一番の関心が後宮の姫たちのこと。みんな出家…仏教ははるか未来でもまだ残っているのか。すぐさま脳内が『未来』『宗教』を検索する。しかしなぜかヒットしなかった。不思議に思い今度は『出家』を思い浮かべる。
「出家。伴侶を失った女性がその後生涯独身でいるために手頃な辺境の星へ隠遁すること。」
「そんなバカな!?」
思ったよりも酷な仕打ちに大一は愕然とする。姫は地球から財源を引っ張ってくる人質。その時、ルオンの声がまた頭で再生される。
「末永くお側に…」
『王』が死んだら君たちはどこへ…。『王』ってなんなんだよ。大一は全身を震わす。ひじ掛けを強く握りしめる。へその下にぐっと力を込め、床を割るほどに足を打って立ち上がる。
「そろそろお食事のお時間ですよ。」
キッと声の先をにらみつける。いつの間にか後ろに控えていたユエが大一を制してきた。
「現王様がおられませんと皆で楽しく食事はできませんよ。」
珍しく口元だけに笑みをたたえながら話しかけてくる。
人を馬鹿にするのも大概にしろよ!
誰もいない砂浜ならば口を割って飛び出たであろう。だが、彼女も言ったように、大一はどんなに偽物だと考えようと現王様なのだ。ここから去ることはできない。ルオンもイブもマリーも『王』との食事を望んでいる。
苦い表情をしながらズダンと席に座り直す。それに合わせて勢いよく椅子の足が飛び出てしまいふくらはぎを強く打った。
「っだ!」
「現王様、どうなさいましたか?」
勝手に軽く悶絶するさまを見てさすがのユエも困惑の色を隠せない。そもそも急に大一が荒ぶった理由すらわからないのである。
そんな微妙な空気の中、ようやく食堂のドアが開かれ中へ三姫が入ってきた。
「こんばんは現王様。」
三人が軽く頭を下げる。何やら不機嫌そうな様子の大一を見て、誰よりも先にイブが寄ってきた。
「せっかくの夜を浪費させてしまい申し訳ありませんわ。これよりはこのイブが。」
そっと姫の後ろで控えている従者になにやら合図した。
「現王様を退屈にはさせませんわ。」
そのまま椅子を真隣に滑らせてきた。それを見て今度は火星のマリーが吠える。
「イブ様、それは私の役目ですよ!」
ぐわっと体を広げて飛びかかってきた。左脇腹にタックルをされる。
「んぐふっ」
情けない叫び声とともにさっきまでムカムカしていた気まで一緒に吐き出したようだった。ルオンがこっそり笑っているのが見えた。
「ローズマリー、あふれる愛は構いませんが手がふさがってしまってはせっかくの料理が食べられませんよ。」
確かに彼女の両腕ががっしり大一の腰を捕らえている。しかも頭は下に向いているから食事どころではない。
「現王様からくっ、口移しで…」
「その味わい方はおすすめできませんわ。」
イブが片腕を大一の肩に侍らせてもたれかかる。ペチペチと叩き邪魔な二本のアームに注意してホールドをほどかせる。
「あ、気を遣っていただいてありがとう。イブ。」
「ま、礼ならばこのあとたっぷりいただきますので。」
パチリと誘うようなウインクをされた。長いまつげの間からエメラルドの瞳がこぼれて輝く。イブのアプローチは非常に近い。しゃべると息がかかる顔の位置で大一の様子をうかがいながら、手を這わせたりしてくる。そっぽを向いて顔を遠ざけてしまう。
「あら、こういうのはお嫌ですか?」
嫌ではなくて恥ずかしい。自分の呼気が気になりすぎて正しく息をすることもままならない。
右にイブ、左にマリー。そして正面に腰掛けてにこやかに小さく手を振るルオン。応接室と違うのは給仕たちが壁際に控えているぐらいか。絡みつく熱視線。王、『王』とは一体。考えがまとまらなくなった…。
 




