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地球の王のクイーンアソート  作者: アホイヨーソロー
ようこそ、過去人さん。
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(2)

 大一は砂浜の上で倒れていた。

 どのくらい叫んでいたのか夕日は水平線に沈み、星溢れる群青の夜空が広がっていた。あたりはようやく波の音で包まれる。今日の自分を思い返すとと鼻で笑ってしまう。

「もうちょっと、ズルく生きれればなあ…」

 いつ手紙を盗み見られらのか、なぜ2年の下駄箱に1年生が来ていたのか、出会って2か月ぐらいで告白まで持っていけるのか、その自らはあずかり知らない小手先のテクニックの差で負けたのか。

(いやもうちょっと負けてる要素あったか。)

 背丈、共通の話題、強引さ…。恋に悩み始めてからずっと続いていた大一の精神力はここにきて完全に尽きてしまった。そろそろ親も心配するし帰ろうかと頭では考えているが、体が動かない。夜空の星と星の隙間のウロをぼんやりと眺めていることしか今はできなかった。

 星の動きに合わせてそのウロも動いているような気がする。というより少しずつ大きくなっている気がする。

 穴か?大一は少し身を起こし、それを改めて見つめた。先ほどから何個かの星がその穴の下に隠れている、いや吸い込まれている?

 ズズザザという波の音とともに、浜辺が広がっていく。

「…?」

 授業の知識程度で天文学には明るくないが、その虚空の広がりには本能的な不安を覚えずにいられない。

 宇宙がヤバイ。大一は立ち上がっていた。意識した瞬間はっきりとその穴の膨張がわかった。手のひらを天にかざしても覆いきれない大きさになっている。

 ひとつ、またひとつと星が穴の下に隠されていく。宇宙規模の問題が発生した。大一は逃げろ!と声を絞り出しあたりを見回した。だが幸いなことに大一の他に誰もいなかった。

(……とにかくここを離れないとだ。)

 少しばかり恥ずかしい思いをしたお陰で冷静になれた。大一は穴から目をそらさず後ずさりを始める。

「あっ。」

 突然、黒い穴は消えてしまった。

 目を凝らして空を探し回るがどこにも不気味な影は存在しない。狐につままれたような思いをしたがこれでようやく家に帰れる。とほっと一息ついた矢先、問題はまだ解決していなかったと悟る。

 砂浜を揺らす轟音とともに引いていた潮が大きな波となって戻ってきた。大一は逃げる間もなく高波に飲み込まれる。

 容赦ない激流と遠のく意識の中で大一は自分のラブレターについて思い返していた。


 まぶたを開けたら、そこは白。

 まるで再び動き出したかのように心音が体の中で響く。じわりと指先に血が巡っていくのを感じる。

 小さく呼吸も始めた。いざとなってみると呼吸の仕方がいまいち思い出せない。大げさに肺を膨らませ、声が漏れるような息を吐く。

 耳を澄ますと無音のようでそうではない、どこからか耳鳴りのような高い音が聞こえた。

 手を動かす。腹のあたりをまさぐってみる。少しへこんでいるように感じられた。そうだ、昨日の昼から何も食べてない。

 いや「昨日」はいつだ?…ここはどこだ?

 大一が目覚めた。


「ようこそ、過去人さん。」

 聞き覚えのない奇妙な言語で声をかけられた。アンシェだかイエンシェだかといった気がする。でもなぜか理解できる。

「あなたをここにお連れしたのは他でもありません。」声色の高さで、声の主は女性だと気づく。「あなたに協力をお願いしたいのです。」

 声の主がどこにいるのかわからない。目に映っているのは依然として白。あれは天井かそれとも床なのか。そんな大一の意識もお構いなしに女性は続ける。

「少しの間だけこの世界の王として代わりを務めていただきたく思います。身の回りの世話や、急な環境の変化によって生じた様々な疑問に関しては答えられる範囲内で私の方から説明させていただきます。それと――聞いていらっしゃいますか?」

 大一の視界に突然目鼻立ちのすっきりとした美人が映り込んだ。驚いたがうまく声を出せない。うーとかあーとかうなるだけである。女性は眉をひそめて声をかける。

「突然のことで驚かれているのはわかりますが、返事の一つぐらいはしていただきたいものです。この重要任務の詳細をあなたに伝えなくてはならないのですから。」

 大一は何とかこたえようとパクパクと口を動かすがやはりこの言語が話せない。その情けない表情を見て、女性の方もようやく合点がいったようであった。

「あ、これは失礼しました。理解はできても話せませんものね。」

 そういうと彼女の細い腕が大一の首の後ろと腹を支えて、ゆっくりと上半身を起こされた。それまできれいな顔しか映っていなかったが、視界が広がると真っ先に彼女の体の方に目がいってしまった。清潔そうな一つなぎの空色と白をベースにした衣類。それでは抑えきれないような肉付きのいい扇情的な身体。そしてどうしても少し開いている胸元に視線が向かってしまう。

「いたって健康的なシコウをされてますね。」

 見抜かれて大一は目線をずらす。女性は胸元のジッパーを上げて隠してしまった。こわごわ彼女を見たが、あまり表情は最初と変わっていないので怒っているのかどうかがわからなかった。

「顔を上げてください。…まずはボインからです。口大きく開けてください。」

 色艶のある声につられもう一度彼女の胸元を凝視してしまう。見るなと言わんばかりに顎を指先で持ち上げられる。すると、いきなり口内にすらりとした二本の指を突っ込まれた。

「あっがっ」

 驚いて大一はえずく。しかし彼女は容赦なく二本の指で左右から大一の舌を挟んだ。

「『い』。」ゆっくり舌を広げられる。「『え』『あ』『あ』『あ』。」彼女が一つつぶやくたびに舌をこねられる。溢れる唾液が彼女の指に絡まりピタピタと音が鳴る。彼女はまっすぐ大一を見つめて淡々と続ける。「『お』。」ちょん、と硬口蓋をなぞられ縦に口をすぼめるように促される。

「おぉぉ…」

 息を漏らしながらまるで催眠にかかったかのように彼女に従う。顎に当てられた手が頬のあたりまで登ってきた。ゆっくり左右から指で唇を押しつぶされる。「『う』。」大一が声を出すと、彼女の指が引き抜かれた。とっさに、よだれが落ちては恥ずかしいとその指を強く吸いついてしまった。

「んっ」驚いたのか、女性が少し体をこわばらせた。

「では次は子音ですよ。」

 すぐに切り替えて指から唾液をふき取りもう一度指を大一の口の中へ入れてきた。今度はゆっくりやってくれた。

 こうして不思議な言葉のレッスンがしばらく続いたのである。

 女性は両手を部屋の隅にあった洗面台のようなところに置いている。あまりの出来事に大一はしばらく呆けてその女性を目で追うことしかできなかった。

「これである程度話すことができるはずです。」彼女は振り返ることもなく話しかけてくる。

「『こんにちは』。はい。」

「こ、こん、に、ちわ」

 確かに大一は話せるようになっていた。舌をいじくられただけでこのまったく知らない言語が習得できてしまっている。さきほどから理由はわからない。混乱しそうになるがどうしてもそうはならない。一度に物事が大きく変わりすぎて理解が追い付かないせいだ。大一は女性に話しかけることができた。

「あの…今は、何をして…?」

「『あの、今は何をされているのですか?』ですか。手を除菌しています。」

「長い、ですね。」

「それはもちろん。」

 少し見えないところでやってほしい。

 この白の部屋、見たところ天井の一点に向かって部屋を覆う白い壁が曲がっており、おおよそ卵を中から見たような形をしている。窓はどこにもなく、出入りできるような扉も見当たらない。まったくの密室に女性と二人きりという事実に気づき、唐突な緊張感が襲ってくる。

「いかがいたしましたか?」

 除菌はもう済んだようだ。振り返った彼女を改めて眺めると長身で、なんだか見てる方が恥ずかしくなるぐらいのボディラインが強調された服をまとっている。色合いが白と空色のパステルでかわいらしくもある。おそらく頭と色を合わせたのだろう髪は少し青みがかった黒をしている。品のよさそうな美しい女性だ。肩までかかった髪の毛がさらさらと彼女の動作に合わせて揺れる。

「そのようにじっと見つめられても困ります。」

 相変わらずの無表情で、先ほどからぶしつけに見つめている大一をたしなめる。

「あ、ごめん…なさい。あんまり、その…きれいな御髪、だったもので。」

 嘘は言ってないが変な言葉遣いになった。

 恥ずかしさのあまり大一は自分の髪をかく。ん、髪…?ペチペチ、ペタペタと大一は頭上を撫でまわす。

「えっ、髪!?鏡!!」

「『鏡』がご入用ですか。」

 彼女が手元についていた端末のようなものを指でスッスと操作すると、すぐにこの部屋に一枚鏡の姿見が現れた。

「…?…ぁあああああっ!!!ないっ、髪ない!?」

 驚くほどスムーズに言葉が飛び出てくる。黒々と一本一本が太めでごわごわとした自分のクセっ毛が嫌だと思ったことは何度もあったが、なくなってくれとまでは望んでいなかった。頭をさするとスッスと調子よく滑るのがむなしさを一層深いものにする。

「なんで!?」

 責めるような目で女性をにらむ。

「それはもちろん言語野に異言語コンバータと学習機能ドライブを取り付けたからです。」

「えっなにそれ、というか機械?脳に!?」

「はい、脳に機械を。」

 完全に面を食らった。髪を奪われたあげく、どうやら脳までいじられてた。術後の鎮痛剤が切れたからなのかストレスなのか頭の中がぐるぐると転がり始めた。頭を抱える大一に、さすがに哀れに思ったのか女性はやさしく声をかける。

「大丈夫です。髪がない方がかえって自由にカスタマイズ出来て着飾りやすいと、一部の若者の間では好評の文化ですから。」

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