(4)
会食まで時間はありますから、と部屋の準備が整い三人の姫が別れを告げた後、ユエが一人応接間に取り残された大一に伝えた。
「しかし、現王様は本当に女性に弱くていらっしゃる…」
ユエが呆れたような声をだす。
「仕方ないじゃないか…」
「異性とのお付き合いはされたことはないのですか?」
痛いところをつかれて顔を真っ赤にしながらうなずく。まあ、とユエが驚いて見せる。
「15、6にもなれば一度や二度は普通かと思いましたが」
「告白はしたし!」
精一杯の強がりだが、正確にはラブレターで呼び出しまでである。しかも告白前に対象外通告までされている。
「今の時間も本物の『王』なら、三人と口づけを交わし、全身を投げ出して胸に頬ずりまでされてます。」
「そ、んな恥ずかしいことワ!」
彼女たちのいい香りに包まれることを想像しただけで全身に緊張が走った。ハグしたりキスしたりしまくる男なのか本物は。
「また興奮されては。走り出してしまいますよ。」
「う、うるさいな」
本心からか、からかわれたのかわからないが大一は多少の落ち着きを取り戻し、ぐっとこらえることができた。
ガランとした応接間の長椅子に彼女たちのぬくもりがまだ少し残っているようで、先程までのやり取りが思い返される。
「ルオンはマスクをつけてると言ってたけど…」
「低い圧力では垂れてしまう身体を支える外殻の役割をしているのですが、あれはやはりハイドロ社製の高級品ですね。しなやかさといい柔らかさといい、あれ程の一品はなかなかないかと。」
マスク自体ではなくて本当の素顔が気になっていた。口を固く閉ざして黙る大一。
「おぞましい、ですか。」
ハッとユエの顔を見つめる。彼女は相変わらず感情を読み取りづらい鉄仮面である。
「無理もありません、もともとどの代でも水星からの婚約者は不利なのです。その中身はブラックボックスですから。だからこそ魔性の口づけなどのテクニックで他より先んじてアプローチをかける必要があります。」
彼女の濡れて光る口元が思い出された。大一はようやく合点がいった。協定をこっそり破って宮殿入していたのも、影に隠れてちょっかいを出してきたりするのも全部『王』に気に入られるための策略。でも、ユエのいうようなおぞましさは感じていない。それどころかすべて彼女の作戦なのだとしても何か引っかかっている。
「ちょっと散歩してくる。」
何かに突き動かされるように大一は椅子から立ち上がり、部屋から出ようとドアに手をかけた。ユエが後を追いかけてくる。
「昼のこともありますから私もともに。」
「いや、その…」
ユエの言うことは最もだが、今はなんとなく一人がいい。はっきり断れない大一の姿から察したのかユエは簡単に引き下がった。敷地内から出ないようにお願いします。と言ってこめかみに触れ宮殿の地図をインストールしてくれた。
「あと、会食の時間をお忘れないよう。」
「わかった、ありがとう。」
自分の意見を尊重してくれたことなのか心配をしてくれたことなのか。何に対してかはわからないが大一は一言、お礼を言って部屋から出ていった。
すっかり日は落ちている。行くあてもなく、月光が差し込む廊下の窓辺を歩いた。大勢の給仕たちが控えているというが、人影一つ見当たらない。自分の馴れない靴の音が廊下に小さく響く。ふと窓の外を見ると今夜は満月のようだった。大一は窓の手すりによりかかりじっと空を見つめる。




