(2)
後宮とはいうものの嫁いできた姫たちには一区画の居住スペースが与えられ、各々がより住みやすい環境を整えるのが地球王室の常であった。今三人の姫の付き人たちがそれぞれの部屋を確認しに行っている。そんなわけで現王と三人の姫は応接間の弧を描く柔らかい長椅子で待機中だ。大一の後ろにはもちろんユエが控えている。
「お写真で拝見した時よりさらに凛々しいお姿に見惚れてしまいます。」
右側からマリーが腕を絡ませ抱きつく。先のようにキスこそせがまれないものの、最初からこんなに距離感が近いとは思ってなかった。
「ローズマリー、現王様が戸惑っていらっしゃいますよ。」
椅子の端に体を預けているイブがそれを優しくたしなめる。左にいるルオンはこのやり取りに口を挟まず様子を眺めているだけ。三人ともなんだか見た目の印象と違う。
どちらかというとイブが積極的にこういうことをしそうな雰囲気だし、しっかりしてそうなマリーが周りを諌めそうである。ルオンは…
(噴水広場のこと覚えてるかな…。)
ちらりと目の端でルオンの姿を覗うと、それに合わせてルオンは何も話さずに微笑み返してきた。
話題がない。大一が一言も発さない様子をみてイブが話しかけてくる。
「いかがでしたか、金星の大空団は。この日のために作らせた最新式の空挺ですよ。お望みとあれば一席共に渡空など…。」
「あれは驚きました…マリーたち火星のマカハティの荘厳な行列からルー・アルシャムが優雅に空を滑るのは、なんかこの世のものじゃない感じがして。」
「大仰ですね。詩人みたい。」
ここでようやくルオンがクスクスと笑っていった。イブも満足そうであった。
「まだ公表もしていないのに名までご存知とは…現王様にそこまで興味を抱いていただいて光栄ですわ。しかし、私も驚かされたことが一つ。」
イブがルオンに目を向ける。どことなく非難の色が瞳に写っている。
「あの水のカーテン、あれを設置するのに時間がかかったでしょうに、まさか前々から…」
「まさか、協定にもある通りパレードの前日に到着いたしましたよ。」
(あれ…?)
協定、要するに輿入れ前の抜け駆けを禁じるためのものなのだが、あの日に噴水で大一と会ったのは確かにルオンのはずだった。
「太陽に誓ってインチキなど。」
大一は黙っておくことに決めた。ここで厄介事を起こし、まさか破談などという最悪の事態にしてから『王』に明け渡すなど、まずあってはならない。
「もしあの水に現王様が飲まれてしまったらどうなさるおつもりだったのですか?」
「まさか入り口までワタクシたちをお出迎えになられるとは考えてもなかったですが…もちろんワタクシの手でお助けし、おとぎ話のように愛を語らい優しく介抱いたしますよ。」
そうですか、とイブが鼻を鳴らしてそっぽを向く。大一は自分のしでかしたことに対して今更ながら重大な過ちがあったと理解した。しかしどうも、居心地が悪い。こんな様子で『王』の代わりを勤め上げることができるんだろうか…。