〔7〕
マーケットの中心、巨大な時計塔は終日一般開放されている。よせばいいのに大一は徒歩で上まで登り始めた。
「中央のジャンプパッドは使わないんですか?」
「俺、歪み酔いしちゃうんだよ。」
上に一気に登るなら指定空間ワープ。これが常識であるが、大一のような物好き、もとい酔いやすい方のために徒歩で登るルートも用意されている。普通の男性ではすぐ息切れしてしまい、普段あまり動かない者にとってはとんでもなく辛い道のりである。
だがそこは日頃運動を欠かさないマリー、そして彼女についてトレーニングを続けた大一の二人である。ほとんど人のいない道を軽く談笑しながら登っていった。
(あ、後ろ…)
マリーはふと後ろを振り返る。吹き抜けの下まで見える螺旋階段の先にマリーの心配したような人たちはいなかった。
(普段ゴロゴロしているザハブパトラ姫、運動が得意ではないスルカ姫とシーラ姫…ついてこれるとしたらドゥニアだけだけど…)
ドゥニアが来ていても特に嫌な感じはしない。彼女の行為には煽ったり囃し立てたりしようという思いなど全くないからである。
「マリー、どうかした?」
背後を見つめたままついてくるマリーに大一が声をかける。
「あっいえ。なんでも?先を急ぎましょう。」
この塔がなぜ一般開放されているのかというと、時計内部の機構が階段を登りながら眺める
ことができるためだ。すべてがコンピューターにより制御されていると言っても、規則正しくる歯車やピストン、軸の一つ一つはもはや芸術的と言っても過言ではない。少なくとも大一にとっては。
「現王様は意外とこういうのがお好きなんですね。」
「えっ、いや…」
「くく…なんでそこで否定するんですか。実は私も好きなんですよ、こういうの。」
火星での生活で一番身近なものは大小問わず機械なのだ。移動式コロニーの脚の軋めく音を聞きながら、まだ大気がしっかり定着していない薄暗い星空を見上げる。まだ見ぬ不安に押しつぶされそうな、その時見つけた青い星の美しさと言ったら。
「一緒になれて嬉しい。」
「んっマリー、今なにか言った?」
時計塔の音に夢中になって先を行く大一が振り返る。
「独り言ですよ。」
マリーは笑った。
「ここ、ここ。」
ようやく日も沈んだ頃、展望台にたどり着く。ここからは点々と明かりを灯すマーケットが一望できた。
マリーは大一に誘われて長椅子に座った。だが眺めのいいところは先客にほとんど取られてしまい、座れたは端の方だった。
「景色を見せたかったんじゃなくて?」
あと一歩を逃してしまう大一のうっかりっぷりを笑う。
「…ごめん。なんかマリーの欲しいものも変えなかったし。」
「慣れないこといっぱいしましたからね。…いつまで立ってるんです?」
案内するだけしてその場に立ち尽くす大一をマリーは席を叩いて隣に誘った。
大一はゆっくり腰を掛けた。
「……。」
時計の針が動く音が響く。
「…現王様。」
マリーは大一の手に触れた。あれだけ頼りなかった手が今ではこうして、添えるだけでもすごく嬉しい。
「ずっと言えなかったことを今、言いますね。」
大一はマリーのことを見つめた。
「うん。」
マリーが頬を緩める。
「私…、私、あなたのことをーー」
ドタドタッ!
突然何かが倒れる音。マリーも大一もうっかり音のなる方へ気を取られてしまった。
「ああっ!?」
マリーが叫んでしまう。
尾行していた四人がバランスを崩して倒れていた。
「ご、ごきげんよう…」
ルオンが気まずそうに手を振った。
「もう!あと少しだったのに!我慢してくださいよみなさん!」
マリーは地団駄を踏んだ。
このあと、なんと大一が四人を叱った。あまりの珍しい出来事に、みんな感心すらしてしまったという。




