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姫たちが誰かに捧げる歌。本来それを受け取るべき者は会場におらず、今はこうして控え室の前で息を殺し盗み聞きをしている。褒められた姿ではないが、何か手がかりはないか必死に探しているのである。
「これでいいのです。私も、皆も、カリストの者として堂々とした態度で臨む。正々堂々と勝って…勝ってそれから…」
その後の言葉は聞こえなかった。
だがシーラは間違いなく、正々堂々と、と言った。マリーがシーラのところでとった行動を聞いていたせいで、おそらくシーラの従者たちがなにかアクションを起こすだろうと予想して先回りで動いていたのだが…
(もしかして、早とちりだったのか…?)
取り越し苦労とか、思い過ごしとかなら全然構わないのだ。シーラたちが正面から立ち向かうと言うなら問題はない。
(俺は、彼女のことを信じてないってことになるよな…)
大一は手を降ろして盗み聞きを中断する。考え違いだとしたら、なんと恥ずかしいことをしていのだろう。急に虚しさがこみ上げて立ち去ろうとするが足取りは重く、どこへ消えたものかと迷ってしまう。
こっそりと会場の目立たないところに設置されたワープ装置の上に立って、会場の隠し部屋に移動した。
ぐらぐらと頭が揺れる。
その部屋の窓からは舞台が小さく遠くに見えた。今はルオンが舞台装置をフルに活かしてミュージカルのようなショウを行っている。泡が観客に向かって吹き出しているのが見える。
「はは、ちょっと泡の量が多いかな…。」
寂しく笑う大一。真っ白になっていく会場が波に飲まれていくようで素敵な演出だ。
だが、わかってしまう。
遠くからでもルオンの眉が一瞬歪んだのが見えた。
「……?」
次の演出はフィナーレ間近。会場の両脇に備え付けられた水星人自慢のウォーターランチャー。
「あっ。」
大一は窓に張り付く。どういう予定なのか勢いよく発射された水がルオンを直撃する。
だがこれはおかしい。
大一は駆け出した。酔いも気にせず、いくつものワープ装置をくぐり抜け舞台袖まで急ぐ。
ついた頃にはルオンが雫を滴らせながら、引っ込んできたところであった。
「ルル!」
「まあ、現王様!」
無表情だった彼女が、一瞬にして笑顔に変わる。
「見ていてくださったのですね?」
「うん、それで…」
ポタポタとウォータープルーフの化粧が崩れてしまうほどの、濁った水が顔から落ちている。
「ふふ、はしゃいでしまいましたわ。」
と顔全体を恥ずかしそうに隠す。
「ご安心を、ちょっと加減をワタクシが見誤っていただけですので。」
そういって扇の下で笑っている。
大一は持っていたハンカチで彼女の扇を手を拭いた。
「…あっ、現王様?」
「ごめん、ルル。」
「なぜ現王様が謝るのです?」
ルオンは笑い混じりに質問をした。
(…シーラは関わってないかもしれない。カリストの人も関係ないかもしれない。でも誰かがみんなの邪魔をしようとしている。俺はそれを探さなくちゃいけないんだ。)
ルオンの扇の下に手を伸ばし、大一は崩れた顔を優しくハンカチで撫でる。
「あぷ…現王様。」
ただいかんせん扇越しに手を動かしているので、ちゃんとできていなかったようだ。
「ふふ、これはスーツなのですから関係ないのですが…」
ルオンが扇を降ろして大一に顔を晒す。
「どうぞ、ワタクシで良ければ。」
彼女の冷たくなった肌に触れながら、丁寧に汚れを拭き取っていった。濡れた服の上にタオルを羽織らせる。あまりの甲斐甲斐しさに少し面白くなったのか、ルオンが胸元を少しだけはだけさせて、大一を誘った。
「あら、現王様。汚れが胸まで垂れてしまったみたい…拭ってくださいます?」
「へっ!?」
不意打ちに相変わらず弱い。
「せっかくの音楽祭なのですから現王様も楽しんでください。あんなのはただのマシントラブルですわ。」
舞台の上も会場も予想以上に汚れてしまったので、一時休演で清掃ロボたちが床や柱をきれいにしていた。
「…ちゅ。」
向こうを向いている頬にキスをして、ルオンはその場を去っていった。




