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昼も過ぎて、シーラはマリーに呼び止められる。それぞれの準備が進み、シーラもしっかりと喉を仕上げている最中、どこかまだ怒っているようなしかめ面のマリーと対峙した。
「どうされましたか…?」
先日の冷たい言葉がシーラの胸に残っている。
「ちょっと人を払ってくれない?」
「え?」
その先日とは真逆の態度にシーラは困惑した。そうこうしているうちにシーラの従者たちが前に出てきてしまう。
「火星の姫君はいったい何のおつもりなのですか?」
「どいて、私はシーラと話したいから。」
「この間あのように扱っておきながら何を…!」
嫌みたっぷりにシーラの召使いたちが口々にマリーを責める。
「行きましょうシーラ様、あなたの歌声があれば我々の勝利です。」
「…シーラ。」
マリーが声をかけてもシーラは気まずそうに頭を下げさっていこうとする。
遠くなっていく背中、マリーは宮殿中に響くほど吠えた。
「見てなさい!今度の勝負私が勝ってやるんだから!」
その必死なさまをシーラの従者の何人かが鼻で笑う。「怖い怖い」とあざけるような眼差しでマリーを一瞥する。
「そうやって自分で何も決められないような奴に…私、負けない!」
シーラが振り返る。
睨みつけるマリーと瞳が重なった。
「気になさることはありません。行きましょう。」
シーラは部屋へと戻っていった。
顔を真っ赤にするマリーが、メテのサロンで体を堅くして座っていた。
「すごいムキになってたわね、ローズマリー。」
先ほどの騒ぎを聞きつけたイブは、マリーを連れ立ってサロンへ。のんびりくつろいでいるさまはいつもの通りだ。体を横にしないとダメな性質なのだろうか。
「その…何かわかってきたんです。私がシーラにイラついちゃうのって…。」
「キャラがかぶってるから?」
イブがケタケタと笑う。
「ちが…どこが似てますか!?」
「現王様といちゃつくことより規律の方を優先するところとか、怒りだすと面倒くさいところとか。」
イブはおやつに用意してもらったエビのようなもののフリットをつまみ上げて口へと運ぶ。味をかみしめながら指についた油を布巾でぬぐい野菜のドリンクが入ったボトルを手に取る。
喉を鳴らす音がマリーにも届いていた。
「そうかもしれませんけど…それじゃないです。」
「ふぅん?じゃあ何なの?」
マリーは拳を強く握りしめた。目線を落として肩に力が入る。
「シーラは、現王様のこと好きじゃないと思うんです。それなのに、なんだか『私は正室になる』とか言ってて…。」
「まるで最初の頃のあなたじゃない。」
「うぐ…」
確かに身に覚えのあるフレーズばかり口にしていた。だけど今は違う、絶対に。
「現王様と同じような悩み方してるのね。」
「えっ?」
人の動揺を見透かすようなイブのエメラルドの瞳。不敵に笑う彼女の頬が女から見ても妖艶に映る。
「前に現王様が言ってたわ。『嫌われた相手とどうやって仲直りしよう』って。私は、別に気にしなくていいんじゃないって返しておいたけど。」
その時の様子を思い出したのかイブはおかしそうに笑っている。
「…あなたはより対立を深めようとしてるけどどうしてなの?」
「……シーラの周りです。」
マリーはつぶやく。
「シーラの周り?」
イブが聞き返すと、マリーはゆっくりとうなずいた。
「あの人たちがいるせいでシーラは自分の気持ちを一かけらも現王様に伝えてないと思うんです。もちろん私たちにも。」
「本心を隠すなんて誰にでもありそうだけど?」
もちろんマリーも本心を隠して『王』に近づいていた一人だ。
「違います、それよりもっと…。シーラの行動のことを以前ザハブパトラ姫は『私たちとは違うことをしている』って言ってましたよね。そう感じる理由は…」
「…シーラの行動にはシーラの意志が存在していないから…ってところかしらね。」
言いたいことを言い当てられてマリーは少し複雑な思いを顔に表した。
「さっきの宣戦布告の理由は?」
「私が真っ向勝負を挑んで、シーラの本心を引き出そうと。一番仲悪い奴ならその気も起こるかもしれないと思って。」
だからあのような挑発的な態度で接していた。最初から相手が不快な想いをしそうな、いやな奴として近づいた。
「自分から悪役になるっていうのね。でもいいの?最悪の場合、他の姫様を泣かすものとして現王様に嫌われるんじゃない?」
今度はマリーが不敵に笑う。その様子にイブも何か感じ取ったようだった。それ以上はお互い言葉を交わさず、ゆっくりとおやつを分け合って平らげてしまった。




